第27話

「ちょっとばかし夜遊びが過ぎるんじゃないか?」


 組織にバレるのはマズいため、俺はクリシスをシャットダウンしつつ、血と臓物で汚れた地上にポツリと佇んだままの少女に向けて語気を強めた。

 眼の前で人が死んだ、それも同級生おれの凶刃によって。

 だから恐怖で動けないなんて可愛らしい反応を見せていれば、俺も多少は寛容な態度を見せたかもしれない。

 けれども少女ミーアは、至極冷静のまま乱れた服装を整えていた。まるで、朝の身支度でも整えているかのように。


「別にわたくしは助けてなんてお願いしてないけど?」


「でも助けるのが当然だろ」


「どうして?」


「どうしてって、それは……」


「初めてじゃないんでしょ、それ」


 指示さししめした地面には動かなくなった肉塊ひとだったもの

 手慣れた様子でそれを捌いた技術と、それを見てなお平然としていられる俺も普通じゃない。返す言葉もなく喉元がキュッと詰まる。元より彼女を助けるつもりでここに来たわけじゃない。


わたくしのことも同じように殺すの?その左手のナイフを喉元に突き立てるの?それともその右手の銃で心臓を撃つの?」


「…………」


 尋問する双眸に追いやられて視線を外す。

 済崩し的に救った形となってしまったが、本当は彼女の持つ秘密とやらがバラされない様にするため、そこの男達と同じようにミーアを……。


「さっき言ったわよね?貴方の復讐はわたくしの復讐も喰らうと。だから……やるならさっさとなさい。私が信じた貴方にやられるというなら、もう抵抗はしないわ」


 耳を疑った。

 けれど問いかけるよりも先に纏っていた闇の魔力を解き放つ。

 薄闇のベールは次第に夜闇へ還り、無垢なる少女の無防備さだけが残った。

 僅かな葛藤を覚えながらも、愚かにも銃を構えようとする。

 しかし、右手は鉛のように重くなっていうことを聞いてくれない。

 それなら────。

 ゆっくりと歩を進める、春夜を飾る満月の狂気にナイフがギラリと輝いた。

 思えば、初めてった時もナイフコイツだったな。

 棒のように重い足取りを何とか前に進めると、次第にミーアの表情が夜闇の中で浮き彫りとなっていく。

 なんて……悲しい瞳だろうか。

 俺が今まで殺してきた連中は誰しも、恐怖や命乞い、泣き叫ぶものさえいた。けれどこんな悲しい瞳で見つめ返してくる奴は生まれて初めてだった。

 ナイフの間合いに入る。

 あとはコイツをスッと一閃振るうだけで終わり。終わりなんだそれで。


「………ッ」


 震えているのか、この俺が?

 何百人と屠ってきたはずのこの右手が、得体の知れない何かに怯えて上手く力が入らない。

 それでも少女は、まるでキスでも懇願するかのように眼を閉じたまま喉元を見せる。

 本当にこれでいいのか?

 未だ決心が付けられぬままに押し黙っていると、空の満月も雲隠れし夜の帳を伸ばしていく。

 そんな、闇の恩寵を受けた倉庫が暗がりに呑まれていく最中、不意を衝く様にとてつもない殺しの気配が背後から襲い掛かる。


「ッ!!」


 咄嗟に身体が反応してミーアを抱きかかえる。

 眼を丸くするミーアを他所に、迫り来る殺気から逃れるように錆びた窓ガラスを突き破り、倉庫の外へと飛び出した。


 スパアアアアンンッ!!!!


 空を飾る満月の比にならない、思わず眼を眇めてしまうような光の奔流が遥か遠方より倉庫へと撃ち込まれる。サイズはおおよそ銃弾と大差ないが、放射物の弾道と着弾点まで一線の光で繋がれ、その軌跡にあるもの全てを容赦なく焼き焦がしている。青白くも見えたその光はまるで、


「レールガンだと……ッ!?それも戦車のような大型兵器じゃない。小型化された歩兵式のなんて聞いたことないぞ……」


「どういうこと?」


 さっきまで殺されかけていた人物にお姫様抱っこされた状態のミーアは、臆することなくそう訊ねてくる。俺自身も突然の襲撃と相まってこの異常事態に思考が追いついておらず、何故か彼女を庇う形で砲撃された方角から死角となる倉庫の壁面へと隠れていた。


「通常の電磁誘導加速照射砲レールガンは威力こそ高いが設計や使用電力等の制約条件から戦艦や戦車、戦術強襲補助装甲TAAAのようなパワードスーツで無いと装備が厳しい。でもさっきの弾道はその破壊力を抑える代わりにどんものでも貫くという特性のみを残した軽量型ライトカスタムだ。もし仮に本物のレールガンなら、俺達はおろかそこの倉庫全てが黒焦げになってるよ」


「そう、詳しいのね」



 ミーアを下ろして狙撃者のいると思われる方角へ注意を向ける。

 最悪なことに倉庫周辺は開けており遮蔽物になりそうなものは無い。

 あと近くにあるものは俺が借りていたスポーツカーと、


 スパアアアアンンッ!!!!


 内臓されたガソリンに青白い弾頭が引火し、真っ赤なスポーツカーが春夜の空へと高々と舞い上がる。


「クソッ、バカスカ撃ちやがって……」


 けど今のでハッキリ分かった。

 敵は倉庫向かいの小さなビル、その五階建ての屋上からこちらを狙撃しているらしい。

 それなら……


「どうするの?」


「連中が乗ってきた黒いバンを奪う、クリシス、連中のバンのキーをハッキング────」


 スパアアアアンンッ!!!!


 乗り捨てられていた黒いバンへ近づこうとしたところに再びの狙撃、発火したガソリンの衝撃と爆風が全身へ襲う。


「うぐッ……!」


 間一髪で背を向けたおかげで致命傷は避けたものの、まるでダンプカーにでも引かれたかのような衝撃が背中を襲う。中空で錐揉みするように吹き飛ばされた身体は、あろうことか物陰にしていた倉庫の外へと押しやられてしまった。

 その瞬間を狙撃手は見逃さない、横倒れした視線の向こうから蒼白い光の収縮を詰め込んだ銃口を俺へと向けていた。

 やべぇ……


「イチルッ!!」


 低空から這うようにミーアが俺のことを拾い上げる。

 彼女が操る傘を用いた飛行魔学によって倉庫上空へ。それでもなお銃口はこちらを向いていた。

 このままじゃやられる……ッ

 撃たれることを覚悟して歯噛みした俺の眼前、訪れようとしていた狙撃音は鳴らなかった。

 銃口に宿っていた青い燐光は収まり、狙撃手はどんどん遠くなっていく俺達を見つめたまま追撃はしなかった。その収まりの付かない殺気だけを残して。






「運が良かったわね」


 あんな殺伐とした空気を乗り越えた後とは思えない様子でミーアが呟く。

 そんな少女の悠々とした態度に、俺は銃口を押し付ける。


「あら、それはちょっと甲斐性が無さすぎるのではなくて?仮にも命を救ってもらった相手に対する仕打ちとは思えないのだけど」


「うるさい、俺の質問にだけ答えろ。それに元を正せばお前が余計な真似さえしなければこんなことにはなっていなかった」


 接地した銃口に背を向けたまま、ミーアは一度大きく溜息を吐いた。


「それは否定しないし、もちろん肯定もしないわ。確かにここ最近変な連中に付き纏われているのは知っていたけど、まさか貴方からちょっと離れただけで拉致されるとはゆめゆめ思ってもいなかったもの」


「口ではそう言っても、脈拍しんぞうのおとが嘘を吐いてるって言ってるぞ」


 不本意ながら彼女の心音と平常時の様子はもうっている。

 平常心を保っているように見せかけるため、必要以上に緊張を落ち着けるようとするのが彼女が嘘吐く時の癖らしい。


「……分かったわよ。話せることは教えてあげる。けれどこんな上空じゃあ落ち着いて話しなんてできないから、せめて場所は変えて欲しいわね」


「……別に構わない。お前が望む場所で話しをしてやる」


「そうね……じゃあ────」

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