第2話 新斎院御禊の日(『葵』車争い)

 さて、斎院さいいん賀茂かもの斎院―も新しく決まった。私の異母姉、弘徽殿大后こきでんのたいこう腹の女三宮だ。彼女は人柄もよく父も弘徽殿大后も格別に大切に思っていたのだが、他になり手がなくて斎院に決まったそうだ。

 ……急いで降嫁しといてよかった。


 そういえば、最近兄にめでたいことが起こった。兄の正妻の葵の上が懐妊したのだ。左大臣家では嬉しいが何か起こっては大変と祈祷などいろいろしているらしい。兄も子供ができてやっと葵の上を大切にしているそうだ。


 新しい斎院になってから、行事は見どころが増えたようだ。賀茂の祭り(葵祭)は特にである。

 賀茂の祭りの前日、斎院の御禊ごけいが行われる。御禊は賀茂川で行われ、大納言一人、中納言一人、参議二人がお供する。その参議のうちの一人が兄だ。


 そうなると、みんな見に行くのである。某テーマパークのパレードを見るのと同じだ。もちろん、一大行事だ。私も夫と共に見に行く。


 斎院の通る道筋である、一条大路はもうどうしようもないぐらい混みあっている。皆気合を入れて物見車ものみぐるまに乗り、女房が車の御簾みすから出す出衣いだしぎぬの袖口も色鮮やかで見物だ。場所がなくなってはいけないからと、みな必死だ。隙間もないぐらい物見車が並んでいる。


 少し離れたところに、遅れてきた車が現れた。その一行は立派に身分の高そうな装いできていたが、もう止めるところなんてなくて立ち往生している。

 その車は、身分の高そうな女房車には何もせず、そうではない車を押しのけ、止める場所を作っていく。その押しのけ良く車の中に、網代車のそんなに新しくはないが、下簾しもすだれの趣味もよく、乗り手は奥にいて、少ししか見えない袖口やの裾、汗衫かざみなどの色あいも清らかで美しい色が見えているが、わざと目立たないようにしているのがわかる車が二両あった。

 その車の供人が、

「この車は押しのけていい車ではない。」

 っと言って守っている。

 身分の高い人が乗っていることをほのめかしているのだ。

 後から来た方の年配の人は、

「やめなさい」

 と言っている。

 しかし、酔っぱらった若い者たちを止めることは不可能なようだ。


「それくらいの車に、そんなことを言わせるな。大将殿をよりどころにお思い申し上げているのだろう」

 と言うと、遅れてきた車は網代車を押しのけてしまった。

 周りの人に誰が乗っているのかばれてしまった。乗っているのは六条御息所ろくじょうのみやすんどころだ。


 ああ、なんてお気の毒な。

 遅れてきた車は見るからに、左大臣家の車だ。きっと葵の上が乗っている。

 愛人の車を正妻の車が押しのけたのだ。六条御息所はどんなに恥ずかしく思っているだろう。


 そんな時、兄の行列が通り過ぎる。

 六条御息所の車に気付かぬままなのか、目配せすらもしない。

 一方、葵の上の車の前では表情を引き締め正妻として重んじている姿勢を見せる。行列の中の兄の従者たちも、畏まって礼を払って通り過ぎる。


 この差はひどい。きっと深く傷ついたことだろう。


 兄はそのあと私たちの車にも合図をして通り過ぎて行った。

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