花宴

第1話 紫宸殿の桜花の宴

 私が十九歳、兄が二十歳の二月二十日、南殿なでん、つまり紫宸殿ししいでん左近さこんの桜を愛でる宴が行われた。参内の許可が下りたので私も参加した。

 父の座る玉座の左に東宮、右に藤壺中宮の御座所が設えられ、それぞれ座っている。

 今回は弘徽殿女御の近くに座るのはやめておいた。絶対機嫌が悪いからだ。その代わり和歌を送っておいた。


 さて、宴の日の天気はとても晴れていて、鳥の声も心地よく聞こえていた。親王たちや上達部かんだちめなど、漢詩文に関わりのある人はみな、漢詩の韻字を賜って、漢詩を作る。

 兄は、

「春という文字たまわれり」

 と言っており、その声を聴いた人が

「ほう。」

 と感嘆のため息をついていた。


 いや、まだ詩、読んでないよ。と思ったけど。


 そのあとに続く、頭中将は兄の次でたいそう気の毒だ。でも、比べられているのをわかっていても堂々と落ち着いている。さすが、兄に張り合える唯一の人だ。当て馬だけど・・・。頑張って。私は応援しているよ。


 父の帝も、異母兄の東宮も優れた漢詩の才能を持っており、殿上人や、地下の人にも漢詩文に堪能な人が多い。これが父が優れた治世者であるという証明だそうだ。勉学に励む余裕のある政治っていいよねってことかな。

 まあ、漢詩は平安貴族の教養だから、できないとお話にならないんですけどね。


 お年を召した博士と呼ばれる人が、晴れの舞台なのにくたびれた格好だ。他の人のきちんとした服装で緊張しまくりの人と違って、こちらは余裕綽々って感じだね。

 これを認めて評価するのも父のすばらしさだそうだ。


 舞が始まった。日が傾いてきたころ、異母兄の東宮が、兄に冠にさす花を下賜していた。舞を舞えってことかな。周りの女房や女官たちが期待をしている。私に目配せするのはやめて。と目をそらしていていると、踊ることになったようだ。

 この脇役扱い極まりない兄だが、私は素晴らしい人だと思う。こんな目立つ異母弟を持ち、父の愛情を奪われ、母は嫉妬にくるっている。それなのに、兄に対して好意的なのだ。優しくていい人だ。


 兄が舞い始めた。確かに素晴らしい腕前だ。ため息が聞こえる。泣いている人がたくさんだ。


「姫宮様はあんな素敵な兄君がいてお幸せですわね。」

「え、ええ。そうですわね。」


 おっと、もっと自慢そうな顔をしなきゃ。変に思われちゃう。自慢そうな顔ってどうすればいいんだろう。とりあえずニコニコしとくか。


 頭中将も舞を所望されている。

 舞いだした。柳花苑りゅうかえんという舞だそうだ。準備してきたのかな。とても見事だ。父が衣を下賜している。これは大変珍しいことだ。やったね。今日は当て馬じゃないよ。



 夜になり、上手いも下手もなくなってきたが、相変わらず中心は兄だった。講師が、兄の漢詩のすばらしさを一句一句褒め続ける。あんなに何をしても褒められるってどういう気持ちなんだろう。と思いながら眺めていた。


 夜も更け、やっと宴が終わった。私は今日桐壺に泊まるので、桐壺まで行く。きっちり戸締りを命じる。危ないからだ。

 兄が困る?何とかするから大丈夫ですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る