第3話 空蝉の君とのお話6

「しばらくして、人々が寝静まったあと、小君が部屋の中に入れてくれたんだ。」

「中に入れましたのね。」

「うん。部屋の中がとても静かで、衣ずれの音しかしないぐらいだった。彼女が寝ているところの几帳きちょうをよけて、そこに行くと寝ているのは一人だったんだ。でも・・・」

「でも?」

「寄り添ってみると、以前より大柄に感じたんだ。」


 そこで気づこうよ!


「小柄な方でしたよね。」

「そうなんだ。でも、まさか別人とは思わなくて・・・」


 強行したんですね。私はおうぎで顔を覆った。知っていてもびっくりだ。


「思わなくて?」

「しばらくして、人違いだと気づいたんだけど、相手に人違いだと知られるの恥ずかしいじゃないか。変だと思われるし。」

 

 なんて自分勝手な。


「それで?」

「彼女もここまで逃げるなら、もう駄目だろうし、間抜けだと笑っているかもしれないと思って・・・」


 ここまで逃げないと駄目だと気付かないのか・・・


「思って?」

「それに、あの美しい女ならまあいっか。と思って・・・」

「はあ。」


 ため息がでた。それだから、軽薄と作者にも言われるんだよ!


「だから、そのまま・・・」

「あらまあ。お可哀想に・・・」

「あ、でもちゃんと誤魔化してきたから大丈夫だよ。」

「ごまかしとは?」

「最初は自分が誰かとも言わないでおこうと思ったのだけど、そうすると、彼女に迷惑がかかるかなと思って・・・」

「そうですわね。心当たりがなかったら人違いと思うかもしれませんしね。」

「そう。だから、身分を明かして二度の方違えかたたがえは君に会いたくて来てたんだとか、内緒の中にしたほうがいいだとか、小君に連絡させるので待っていてくださいとか・・・その・・・いろいろ。」

「納得したんですの?」

「うん。素直なたちみたいだよ。」

「そうですか。それで、そのままお出になったのですか?」

「いや、つい、彼女の脱ぎ捨てて行った薄衣うすぎぬを持って帰ってしまったよ。」

「まあ・・・。・・・それで、誰にも見つからずお帰りになれたのですか?」

「それがね、大変だったんだよ。小君を起こして、出て行こうとしたんだ。行ったときと同じく、あっさり帰れると思ったんだけど・・・」

「帰れなかったんですわね。」

「うん。小君と部屋の外に出たところ、年配の女房に見つかってしまってね。小君が返事をしたんだが、小君を心配してか、近付いてきたんだ。」

「あら、大変。」

「小君が誤魔化してくれながら、私を押し出そうとしてくれたんだけど、人影が見えたようで、でも、背の高い女房がいるらしくその人に間違われて難を逃れたよ。」

「それはようございましたわね。」

「そのあとは、すんなり家に帰って小君と寝たよ。」

「小君を寵愛されていますのね。」

「彼女よりはかわいいからね。でも、彼女の縁続きだから気持ちの変わらない保証はないよ。」

「まさか、お言いになりました。」

「ああ。」

 この人、本当は人に恨まれていないだろうか。心配だ。

「それでこの日はおしまいさ。」

「そうですか。いろいろございましたわね。」

「ああ。」


 空蝉うつせみの君と呼ばれることになった和歌の話は聞けなかった。それは彼も意識してないことだから仕方ない。


「わたくしはおにいさまを応援しておりますわ。だって唯一の同母の兄弟ですもの。」

「ああ。わたしもずっと姫宮の味方よ。」

「また、お話してくださいませね。」

「ああ。また聞いておくれ。」


 かわいい妹の顔に戻り、甘えておくことを忘れずに兄を見送る。

 今日は小君は連れていないようだった。

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