塚原卜伝vs蘆屋道満 3

 結果は常に明らかだった。

 常に奴の方が勝っていた。奴の方が優れていた。

 蘆屋家の秀才も、千年に一人の天才と謳われた奴には到底敵わなかった。

 家の人間に幾度も勝負の機会を設けられたが、結局一度も勝てず、家の品格を損ねるからといつしか面と向かって会う事さえ許されなくなり、逃げるよう促されるようになっていった。

 どうせやったっておまえが負けるだけだと言われ続けたまま家の当主となり、結局、勝てないまま奴に殺された。

 そうして辿り着いた異世界で、奴に勝てる術を探し続けた。

 探して探して探し続けて、ありとあらゆる物を蒐集した。ありとあらゆる術を蒐集した。そうして、異世界にて常勝無敗を誇る魔導士となった。

 今の自分ならば、奴にだって及ぶ。奴にだって届く。奴にだって、勝てる。

 だから負けられないのだ。奴ではない他の誰にも。負けるわけには、いかぬのだ。


  *  *  *  *  *


「“狗之告参いぬのこくまいり”……さぁ、死を告げに参りましょう」

「斬り殺す……」

 犬の顎が攻め参る。

 鉄をも噛み砕く強靭な牙を有した定型を持たない犬の形をした瘴気は、首と胴を別った姿で卜伝を追い回す。

 未来を見た卜伝は今は打破出来ぬと悟り、最低限の攻撃を受けるだけで後は回避に時間を費やし始めた。

 血を滴らせる道満は、両手を組んだ形で何やら長い詠唱を唱えている。そこから何が生まれるか、知っている者は当人以外にない。

 いや、一人だけ例外がいた。

 未来を見た卜伝は、面倒そうに舌を打つ。

「さぁ、呪いましょう。歌いましょう。その牙を鳴らして踊りましょう。狗神よ、その生き血で敵を呪い殺しなさい」

「……斬り殺す」

 宙を飛びながら体を捻って、地面と体を平行にした卜伝の繰り出す斬撃が、地面を割りながら突き進む。

 道満が血塗れの腕で受けると斬撃が道満の腕から骨の一部が見えるまで皮と肉を抉り取り、直後に着地した卜伝の左腕の一部が爆ぜた。

 呪詛返し。

 無論、卜伝は忘れていない。それが最善だと、一瞬で見た幾つもの未来の中から選択したのだ。

 だから腕が爆ぜる事も前以て知っていた。

 卜伝は全く動じないが、代わりに周囲がザワついた。

『い、今まで戦いを無傷で終わらせて来た卜伝が、負傷ぉぉぉ!!! これは前代未聞! チームルーザー、またも前人未到の領域に至る! これはまさかの展開も、あり得るのかぁ?!』

「ケッケッケッ! そう上手く行けばいいがなぁ……“狗之告参いぬのこくまいり”も、看破されるのは近いか……」

「どういう事?」

「あれは道満の血を媒介に動かしてる。だから血を使えば使うほど強力になる事は言うまでもねぇが、道満自身の限界許容量ってのがあるんだよ。血を使い過ぎると、失血死するんだ。道満が」

「そんな!?」

「だから卜伝の野郎、剣に関わらない部位を呪詛返しで破壊されるの覚悟で斬撃を飛ばしやがった。少しマズイな。卜伝の見切る速さが、こっちの予想を上回ってやがる……!」

 南條も冷や汗を搔き始める中、道満は歪んだ笑みを浮かべていた。

 わざとらしく恍惚の表情を浮かべ、左腕を掲げて滴る血を舐め啜る動作で周囲の悪寒を誘った道満の操る獣は一回り大きくなり、より速くなって卜伝を追い始めた。

 が、卜伝の目はその先すら見ている。

 先んじて迫り来る方向に刀を構え、牙を受け止めた直後に逆風。口内から頭蓋を斬り砕き、狗神の頭部を破壊した。

 既に未来さきを知っている卜伝相手に、速力が上がっても意味がない。文字通り痛感させられた道満の左腕に刻まれた傷が、更に爆ぜる。

「んんっ……!!!」

 歯を食いしばって耐える道満へと、卜伝が迫る。

 血に戻った狗神の骸を超え、速力を増した卜伝の突進は加速を続け、戦場を跳ねる刀の切っ先が火花を散らす。まさに電光石火の速度で肉薄した剣は寸止めなしに、一直線に道満の左腕を今度こそ両断した。

「往生しろ、陰陽師」

 卜伝の左腕は、落ちない。

 何とか呪詛返しを間に合わせ、卜伝の左腕も相打ちにしたかったが、届かなかった。届かないとわかっていたから、卜伝は狙って来たのだろうが。

 やはり南條の思惑以上に、卜伝の看破が速い。このままでは、勝機がより薄くなる。やはり塚原卜伝には――複数未来視の使い手には勝てないのか。

「なんて、考えてねぇだろうなぁ……道満」

 南條が最も恐れるのは、道満の戦意喪失だった。

 道満が多くの手を尽くしている事は知っている。誰よりも多くの手段を用意出来る奴だから、卜伝相手にぶつけたのだから。

 だが、多くを用意した人間ほど、それらが通じないとわかった瞬間、誰よりも絶望する。

 だから一番恐れていた。道満が戦いの中で、戦意を喪失するのではないだろうかと。

 だがしかし、南條さえ知り得なかった。蘆屋道満という男が、如何に巧妙で用意周到な男であるかを。彼の勝利への執念を。

「やって、くれましたねぇ」

「何だ――!?」

『こ、これはどうした事だ?! 道満が左腕を斬られたと思いきや! 今度は卜伝が吐血!!!  道満は一体、何をした!?』

「おまえ……!」

「未来を見たのですね。ならばわざわざ、説明するまでもありますまい……」

 懐から取り出したるは刀身が真っ黒な祈祷剣。

 刃はないが、その真っ黒な刀身が禍々しい魔力と毒々しい雰囲気を放っており、只物でない事を察せさせる。

 何より、未来を見る卜伝はその後何が起こるのかがわかっていたし、阻止しようにも間に合わない事も悟っていた。

「一度、立ってみたかったんだ……敵を圧倒する。その位置に」

 曰く、それは異世界の産物。

 異世界にて道満が発見、発掘したアーティファクト。

 神世の時代に作られたらしいそれは、道満にとって何物にも代えがたい特別な礼装となった。

「外道が」

「何とでも言えばよろしい。拙僧、勝つためには手段を選べない弱者たち故……許されよ」

 祈祷剣で戦場の中央を穿つ。

 すると先ほど斬り落とされた左腕が腐って朽ち果て、代わりに背後で大きな水飛沫が上がったかと思えば、何も解き放たれていないはずの水中から、何かが這い出て来た。

 地球上のどの生物とも該当しない。いやそもそも、生き物ではない。

 異形の骨格からなる巨大な上半身を支える四本の腕。腰の骨はなく、胴体より下は蛇のような長い骨の尾が延々と伸びている。三つ首の髑髏の内側でそれぞれ一つずつ光が灯り、それらが目の様に動いて卜伝を見下ろした。

 四つの腕で這い、道満の背後で蜷局を巻くそれは、瘴気を吐きながら高々と天を見上げて咆哮した。

「これは、我が百鬼夜行のなれの果て……恩讐にて蘇りし魂の集合体にして、具現体。妖怪がしゃどくろ。水神九頭竜。デイダラボッチの概念を一部一部継ぎ接ぎにして結合させ、完成させた我が傑作……肆手しで参頭さんず。ここからは、拙僧とこやつの共闘。ご容赦願いますよ? 無類の剣聖殿」

 巨大妖怪を引き連れた道満が、攻勢に出た。

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