アーサー・ペンドラゴンvs芹沢鴨 4

 エクスカリバー玉砕。

 今まで亀裂さえ入らなかった剣の破壊が、皆にアーサーの敗北を想像させる。

『し、信じられねぇ!!! とんでもねぇ事態が今、起こっているぅ! 異世界にて鍛えられた聖剣! いわゆる二代目エクスカリバーが、絶対に折れず曲がらぬ剣が、砕け散ったぁ!!!』

 一騎当千。

 かつて聖剣一つで侵攻する敵勢力を一人で迎え撃ったとされるアーサーが、一人の男に膝を突かされる。

 男の名は芹沢鴨。

 かつてたった一人で仲間達と戦い、暗殺された男。歴史における敗北者なれど、決して雑魚でも弱者でもなかった。

「す、すごっ……え、芹沢鴨って、あんなに強かったっけ……?」

「異世界で得た力だ。向こうが新しい剣と槍を手に入れたみてぇに、芹沢鴨だって転生した世界で手に入れた力がある。ズバリ……」

「ズバリ?」

「怪力だ」

 へ、と間抜けな返事が出てしまう。

 てっきりもっとチートじみた異能かと思ったのに、実にシンプル。実に単純。もっとなんか、凄い能力だと思っていた安心院は何と言っていいのかわからなくなる。

 唯一、侮ってはいけない力である事だけはわかっていたが、言葉には詰まった。

「ただの筋力増強や攻撃力アップじゃねぇ。奴の転生した世界は、この世界より重力の負荷が三倍はあった。そんな世界に生きる人間の約五倍の力を、奴は持って生まれた」

「三倍の負荷がかかる世界で、五倍の力……それって、この世界じゃあ常人の十五倍って事?! 本当に怪力じゃん! 文字通り怪物じゃんか!」

「そんな奴に合わせて作られた刀だ。名前こそねぇが、そこらの得物に負けやしねぇよ」

 これはもしかしたら、もしかするかもしれない。わずかながら、希望が見えて来た。

 だがアーサーには、まだもう一つ残っている。

 今までの戦いにおいて、使われた記録のない礼装。エクスカリバーと同様に、異世界で鍛え上げられた武器。

 伝説では、最後の戦いである螺旋カムランの丘にて、実子モードレッドを討ち倒した槍。

『さぁ! エクスカリバーが破られた今、ついに抜くか! ついに使うのか! アーサー王第二の礼装にして、常勝の槍!!!』

 聖槍、ロンゴミニアド。

「……認めざるを得まい」

「あ?」

「あなたは、この槍を使うに足る相手だと」

「御託はいい。来いよ!」

 聖槍、抜錨。

『抜いたぁ! アーサー王第二の礼装! ロンゴミニアドぉ!!!』

 聖剣を失った今、これが最後にして最大の切り札。本当の奥の手。

 地水火風。四大の力が螺旋を描き、光輝を抱く聖槍が戦場唯一の光源と化したが如く、戦場を照らすどのライトよりも眩く輝く。

 目晦ましなどという姑息な意味は持たない。光は熱量。熱量は力。輝ける光輝が示すのは、槍が持つ力の強さ。

「大いなる大地の精霊よ。我が槍に力を……!」

 王の命令に呼応して、槍が金色に輝く。

 円を描くように槍を振り回したアーサーが地面に突き立てると、戦場の一部が捻じれて浮かび、巨大な槍の形状に成形されて芹沢の頭上にて刃をもたげた。

「“聖槍抜錨ロンゴミニアド大地の憤慨ノームズ・アース”!!!」

「ちっ、下らねぇ」

 降り掛かる巨山の一角に対し、芹沢は跳躍。

 魔法も異能スキルもない持ち前の怪力のみを振るい、斬撃を叩き付ける。

 常人の十五倍の腕力によって繰り出された斬撃は大地の槍と真っ向から衝突し、多少押されながらも砕き割った。

 物理攻撃では敵わないと改めて認識したアーサーは、深く腰を落とした体勢から、刺突の構えを見せる。

「大いなる水の精霊よ。我が槍に力を……!」

 青い輝きを得た聖槍が大気中の水分を掻き集めて作られた螺旋槍が、未だ宙にいる芹沢を狙って解き放たれる。

「“聖槍抜錨ロンゴミニアド乙女の悲涙ウンディーネズ・アクアス”!!!」

 数トン単位の水圧で捻じれる水の槍さえ、芹沢は刀一本で受け止める。

 水流に巻き込まれて腕が捻じれ、斬撃で袖が破けても振り払い、相殺した。

 着地してすぐ、芹沢の速攻。常人の十五倍の膂力が生み出す突進力で以て迫る芹沢に対抗して、アーサーは聖槍を赤く輝かせ、自らも炎を纏った。

――“聖槍抜錨ロンゴミニアド烈火の辛苦サラマンダーズ・バーン”!!!

 振り下ろし対、振り下ろし。

 槍の長さリーチが生み出す遠心力に炎の力を加えた一撃と、純粋な速度と膂力の生み出す突進力とが衝突する。

 種類はまったくの別物なれど、互いに異世界で培った力同士。勝敗は誰の目にも均衡してみえて、誰の目も驚愕の二文字を湛えて見つめていた。

 が、太陽の聖剣にして第二のエクスカリバー、ガラティーンを差す太陽の騎士ガウェインだけが、燃え上がる戦場でその光景を見逃さなかった。

 振り下ろした直後、繰り出された刺突。炎の螺旋を纏った攻撃が、芹沢の腹部中央を捉えたのである。

 最早これまで。

 戦いは、遂に決着の時を迎えた――そう先走って誤認したのもまた、ガウェインただ一人であった。

 両肩には既に、聖剣による二つの斬撃。腹部は今、燃える聖槍にて突き刺された。

 にも関わらず、芹沢は斬り返す。刀を強く振るって来る。刀を受け、返し、弾くアーサーが何度も応戦するが、芹沢は構わず剣を振り続けていたため、炎と光とで戦場がよく見えていない周囲には、互角に戦っている様に映る二人の影が見えるだけであった。

 しかし、本当は違う。

 槍によって刺され、突かれ、穿たれて、それでも尚斬り返して来る。叩き落しても薙ぎ払っても斬り落としても、すぐさま反撃し返して来る。

 さながら死神でも相手にしているかの如く、一歩、また一歩と詰め寄って来る芹沢の影に恐怖さえ覚えて、槍を振るっているアーサーの敗北をこそ想像してしまった。

 が、それもすぐさまアーサーが覆した。アーサーの聖槍に、炎よりも鋭利な暴風――いや、颶風が刃と化して纏いつく。

「“聖槍抜錨ロンゴミニアド旋風の狂喜シルフズ・ストライク”!!!」

「芹沢!」

「芹沢さん!」

 頭蓋半壊。

 目玉が噴き出し、脳漿が飛沫しぶく。

 今度こそ、今度こそと誰もが思った時、彼の背後でただ一人、近藤だけが笑っていた。拳を高々と突き上げて、ただ一人、芹沢の背中へ声を掛ける。

「行けぇ、鴨ぉぉ!」


  *  *  *  *  *


 異世界において、鴨はあらゆる敵を迎え撃った。

 自分から戦いを挑む事こそ怠けたが、襲い来る火の粉は全て払い除けた。

 中には魔王直属の軍の将だの、四天王だの魔王本人を名乗る馬鹿もいたが、そんな事は関係ない。相手が誰であろうと何者であろうと、斬り伏せて来た。

 その中でも、最強にして最大の一撃として異世界に名を馳せた一撃があった。

 かつての夜。自身を暗殺せんと集った新選組隊士らに対し、死をも予感させた必殺の一振り。

 日本の歴史には遺されていない。異世界での戦いにおいて、いつしかそう呼ばれる事となった一撃を――“修羅しゅらたち”。


  *  *  *  *  *


 嘘か真か。

 頭部半壊されながらも敵と戦い続けた海賊、エドワード・ティーチという男の逸話があり、主を守るため立ったまま絶命した武蔵坊むさしぼう弁慶べんけいの最期が医学的にも証明されているのなら、決してあり得ぬ話と誰も断言出来はすまい。

 聖槍の刺突によって頭部の半分を失った芹沢の、背を仰け反ってまで振り被ってから繰り出した一撃が、槍を持たぬアーサーの片腕を斬り落とし、剰え、捻り潰したなどと。

 誰も、出来ない、とは言えなかった。

 何せ今、実際、目の前で起こっているのだから。

『あ、相討ち! 相討ちぃ! 頭半分持ってかれた芹沢が、まさかの反撃! アーサーの左腕を斬り落としたどころか、小さく捻り潰しちまったぁ!!!』

 悲鳴が上がる。

 歓声は一つもなく、親はとにかく子供達の目を塞いで、芹沢の姿を映すまいとした。

 同時、満身創痍のアーサーなど誰もが初めて見る光景に言葉を失い、観客は驚愕と呆然とを織り交ぜた静寂を保つ事しか出来なかった。

「まさか、負けたりしないよね……? 負けないよね……アーサー……」

「何を弱気になっているのです、ポラリス」

 チームレジェンズのスポンサー席に、突如として現れた漆黒のドレス。

 黒衣のお陰で映える白い肌、白い髪は、俗にアルビノと呼ばれる色彩変異個体特有の物。烏を模した錫杖しゃくじょうを持ち、翡翠と群青を称えた異色双眸ヘテロクロミアが見下ろす姿が、ポラリスをやたら落ち着かせた。

「モルガン……」

 モルガン・ル・フェイ。

 モルドレッドの母にして、アーサー第二の妻とされる女性。生まれはそもそも人にあらず、騎士王国ブリテンを守護せし精霊とも、湖の乙女達を束ねる妖精とも呼ばれる。

 チームレジェンズにおいてはメンバー内女性最強の座に位置する、絶対的エースだ。

「我らが王を、我が番を信じなさい」

 片腕消失。

 斬撃によって共に斬られた空間が捻じれ、腕を捩じり潰した。

 もう、元の腕には戻るまい。回復の術はあるが、新たな腕を得るだけだ。今まで聖剣を握り締め、聖槍を握り締め、勝利を掴み続けた腕の片方を、アーサーは失った。

 だが、怒りはない。痛みはあっても怒りはない。

 全力で掛かると誓いながら、最初は侮りがあったのかもしれないと、今なら思う。

 もしかしたら負けるかもしれない。勝利を確信していた心が大きく揺れる感覚は、久しく感じられなかったものだった。

「日の本の剣客、芹沢鴨殿。其方に、我が槍の最強を見せよう」

「ランスロット卿……!」

「あぁ。王が呼んでいる」

「親父……!」

 モードレッド。ランスロット。ガウェイン。トリスタン。抜剣。

 四人の聖剣、魔剣が輝きを放ち、掲げられた王の聖槍が呼応するように光り出す。さながら四つの剣が持つ力を集結させたが如く、四つの光を纏った槍は螺旋を描き始めた。

「感謝する。円卓の騎士達よ。地水火風、けいらの力を集結させ、放つ……!」

 過去、モードレッドは王に叛逆した。

 ランスロットは王妃を寝取り、トリスタンは王の下を去った。

 終ぞ集結する事なく終わりを迎えた王の記録に、かの技は残されていない。異世界での探訪と冒険を経て、再度揃った騎士達と、ようやく叶った力の結束。

 その証を槍に刻み、解き放つ。

 迎え撃つは、たった一人の男の怪力。

 怪物、魔王、渡った異世界の全てを屠った一撃必殺の剣――“修羅しゅらたち”。

「いけぇ、鴨ぉ!」

「芹沢……!」

「芹沢さん!」

 自然と、隊士隊長らにも熱が入る。

 果たして敵を仕留めるのは、力を結束させた王の一撃か。孤軍無双を極めた怪力の剣か。

「剣士、芹沢鴨。我が好敵手に、この一撃を捧げん!」

「はっはっはぁっ!!! はぁぁぁあああっっっ!!!」

 “完全開放聖槍抜錨パーフェクト・ロンゴミニアド”。

 “修羅しゅらたち”。

 槍と剣の衝突は、衝撃と颶風で人々の視界を塞ぎ、聴覚を阻害し、嗅覚を麻痺させ、肌を締めるように叩いて護らせる。

 実際に自分達に攻撃は向けられていないのに、攻撃を受けたような恐怖感。

 実際、まともに両者が衝突する光景を見ていられたのは転生した異世界で過酷な旅路を経験した円卓の騎士と、新選組隊長各位だけであった。

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