第26話 2015年 ~裸の魂で感じてください…… -6

 自分が何者なのか、今どこにいるのか、何一つはっきりとはわからない。それでも、とにかく今は前に進むのだ――。


 彼女はそう自分にいい聞かせて、足を進めている。つい直前まで、壇上で舞っていたような、何かを演奏していたような、そんな気がしないでもない。


 ベース……そうだ、ベースだ、自分はベーシストだったのではないのか。

 鬱蒼とした森の中を、あてもなく彷徨いながら、彼女は思いを巡らせる。何がどうなっているのか、わからない。記憶がとぎれとぎれになっている。


 ――二者択一問題……そうだ、二者択一問題に答え、そして、一段階上に昇った感覚がある。

 刹那、ざわり、と目の前の灌木が不自然に揺れ、あ、と思っているうちに、一匹の獣が飛び出してきた。その獣は兎に似ていたが、頭の上に角があった。きゅいい、と威嚇するその口内には牙が覗く。


 まるで現実味がないまま、それでも反射的に身構えていた。その手に、いつの間にか小ぶりのナイフが握られている。

 と、角のある兎が、飛びかかってくる。

 無我夢中でナイフを振り回す。

 がきん、と鈍い音と共に、視界が反転する。そして、衝撃。

 はっと顔を起こすと、いつの間にか後ろ向きに倒れていた。

 兎は? と顔を上げると、その角のある兎も後ろ向きに倒れていたようで、体を揺すっていたが、ぴょん、とすぐに立ち上がる。

 その姿に、彼女も慌てて立ち上がる。

 ダメだ。そう瞬時に悟った。

 この武器では、勝てない。これは、私の武器ではない。彼女は本能で感じた。

 彼女は手にしていた唯一の武器であるナイフを、迷いなく投げつける。当然ただの牽制だが、一瞬だけ兎がたじろぐ。その隙に、彼女は背を向けて地面を蹴った。

 どこに向かえばいいのかはわからない。ただ、獣道の続く限り、全力で駆けていく。頭のなかで音楽が流れている。単調で、哀愁のある電子音だ。それがただひたすら繰り返されている。


 道の先は、行き止まりだった。

 ただし、そこには宝箱が二つ、設置されている。

 立ち止まり背後を確認してみる。角のある兎が追ってくる様子はなく、ひとまずほっと息を吐きだし、また前に向きなおる。

 鈍い金色の宝箱だ。

 まず、左側の箱を空ける。

 そこには矢の束が入っていた。ちょうど腕の長さ程度の木の先に、鉄の矢じりが付いている。先端は、恐怖症の人が見れば寒気がするであろうというほど、尖っている。

 一緒に収められていた筒に、矢の束を入れて肩に担ぐ。

 そして右側の箱を開ける。そこには当然、弓が入っていた。木でできた、小ぶりの弓だ。

 彼女が弓を手にすると、驚くほど身になじむことが本能的に感じられた。脳内に流れる音楽のテンションが、少し上がったような気がした。


 キシャ、と背後からうなり声が聞こえ、振り返る。

 と、先ほどの角のある兎だ。

 ここまで追ってきてはいるのに、なぜだか襲ってこようとしない。それどころか、なにかに恐れをなしたように、少しずつ後ずさりはじめている。

 彼女は背中の筒から矢を一本取り、そして弓を引く。

 兎が背を向けて、地面を蹴った、その瞬間、矢を放った。

 次の瞬間には目の前に、首筋に一本の矢が突き刺さり、息絶えている兎の姿があった。

 こんなところで立ち止まっている場合じゃない。

 行かなければ――。

 彼女は自らの使命のため、足を踏み出す。

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