第13話 2015年 ~ヘヴィメタルのためなら…… -13
「ハルキさんの曲……っていうことは、その……作曲者っていうこと?」
「ああ、そうだな。作詞はまた別にいるけど……というか、その写真、よく見てみろよ。もう八年ぐらい経つからだいぶ違うかもしれないけど」
「ああ、なるほど、僕としたことが気づかなかったな……なるほど、確かに」
ジャケットの写真の人物とおれを見比べながら、ユグドラシルが頷く。
少し遅れて、胡桃も口を『お』の形にして何度も頷きはじめた。
「じゃあ、ハルキさんが……『キング・オブ・メタル』の男性ギタリスト?」
「ああ……そうだな」
「わあお」
と、ぴょんぴょんと跳び上がってなにかの感情表現をする胡桃は、
「あ、あ、っていうか、ギター? あれ? ドラムは?」
「バンドはやっていたとはいったが、パートがドラムだとは一回もいっていないけどな」
ちら、と今度は瑠奈のほうに向きなおる。
テーブルのセットを終えた榛原瑠奈は、
「そうだったかしらね」
さらりと答え、
「とりあえず、せっかく胡桃が作ってくれたんだし、あとは食べながら議論しましょう」
グラスにアルコールを注ぎ始める。
三人分はビールで、一人はしょっぱなからウィスキーのロックだ。
誰にことわることなく、ウィスキーのグラスを右手に取ったユグドラシルは、ソファに腰をおろして足を組み、左手を大きく広げてソファの背もたれにかけた。二人用のソファは、それで埋まってしまう。
その正面に、瑠奈と胡桃が隣あって二人で座布団に正座している。端から見ていると『宣教師に説教を受ける二人の美少女』という図で、なかなか絵になる状況だ。いつもは三人でこの図式で宴を行っていたのだろうか。
おれはテーブルの横に、三人を横から見る形で胡坐をかいた。
「やっぱり、ブラックサバスだね。でも僕ならオジーオズボーンよりもうまく歌える」
からん、からん、とわざとらしくグラスの氷を鳴らしながら、ユグドラシルがいう。
ディープパープルに始まり、アイアンメイデン、ジューダスプリーストなど、正統派ヘヴィメタルの歴史、そしてマノウォーやレイジなどの無骨なジャーマンメタルの賛否の議論がなされ、胡桃の口からは北欧メタルの話題も飛び出す。
アルコールに侵された脳に、ごく自然にそれらの情報が染みこんでくる。もともと心の奥底にしまい込まれていたものだったのだろう。次々に耳に飛び込んでくる名称に刺激されて、関連するバンド名、人名、曲名がドミノ倒しのように次から次に脳裏に浮かび上がってくる。
同時に、それらをコピー演奏する自分の姿、そして、ライブでの盛り上がり、さらにオリジナル曲を録音しているときのスタジオ練習の様子が、鮮明に蘇ってくる。
イントロからギターリフ、獣の咆哮にも似たボーカル、さらにただひたすら打ち鳴らされるツーバスドラムに荘厳で勇壮なメロディラインが乗り、ギターのピッキングハーモニクスが暴れ狂う。まるでドラゴンが縦横無尽に空を飛び、紅蓮の炎を吐き出し続けているような、そんな楽曲だ。
そしてサビの最後、シルバーメタル、シルバーメタル、シルバーメタル、と全員で連呼するところで、おれの意識が現場へとトリップする。
シルバーメタル――
観客たちの悲鳴のような叫びが、すぐに続くギターリフにかき消される。
少しずつ痺れていく脳髄から、アドレナリンとは異なるなにかが噴出してくるのがわかる。刹那的な心地よさを求めて、次から次に刺激のレベルが上げられていく。
ギターを弾いているのかただ刺激の海に溺れているのかがわからなくなり、そして、ブラックアウトする。
「それで、とりあえずは何をコピーする?」
唐突に、榛原瑠奈の声が届き、意識が収束していく。実際にはずっとなにかを喋っていたのだろう。ひょっとするとおれも心はどこかに飛んでいても、適当に会話を交わしていたのかもしれない。
「そうだね。まずはやはり、エレクトリックアイからいくかい? 最終的にはやっぱりもっとダークで重い方向に行きたいけど」
ユグドラシルが話をつなげる。
胡桃が小さな上唇をぺろりとなめて、視線を上に向けている。なにかを妄想しているのか、フフフ、と笑いが漏れる。
そんな胡桃が話し始める前に、おれが口を開く。
「ダメだ。おれは降りる」
ユグドラシルと、瑠奈は、表情を変えずこちらを見ていた。
胡桃だけがきょときょとと目をしばたたかせている。
「ヘヴィメタルをやるなら、おれは抜ける」
もう一度、いった。
「ほほう」とユグドラシルが答える。
「それは、法律で禁止されているから……というわけではなさそうだね?」
「他のジャンルなら問題ない、けれど……ヘヴィメタルはダメ、と、そういうことですか? 法律の問題でもなく、技術的な問題でもない?」
瑠奈の言葉に、
「ヘヴィメタルが、好きなのに?」と、胡桃がかぶせてくる。
おれは頷く。
ヘヴィメタルは、あのアルバム『シルバーメタル』を完成させた時点で、おれのなかでは終わっているのだ。全ては始まりがあり、そして終わりがある。
「困ったわね」と瑠奈が苦笑し、
「ああ、そうだね」と、ユグドラシルが相槌を打つ。
そんな三人に順番に目を向け、軽く笑みを浮かべ、
「すまないな」と、おれはいった。
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