八麻田家の人々

川谷パルテノン

monologue

 父云く、生まれた直後に言葉を話したらしい。流石に憶えてはいない。呪われた子だと祖母は思ったという。そんな祖母は今年亡くなったが呪われた孫には優しい婆さんだった。祖母が亡くなった時、僕は悲しかったのだと思う。冷たくなった祖母の手を握った僕はそれを「硬い」と言った。咄嗟に胸ぐらを掴んできた父は血の気の多い人で、外面はともかく家族の中では厄介者だった。母が父に歯向かったところなんて見たことがない。弟も妹も。だけれど陰では憎んでいたのじゃなかろうか。少なくとも僕は父のほうこそ死ねばよかったのだと思っていた。話を戻すと、父は僕を殴らなかった。祖父が亡くなってからは家族の長であった祖母を愚弄した僕をあの父が殴らないわけがないのだが父はそうしなかった。掴み上げた息子の瞳が端から涙を溢していたからだ。だから僕は祖母の死を悲しんでいたのだと思う。喉元を通りきらぬような感想になるのは僕自身が「悲しい」ということをいまだによく理解できないでいるからである。ただ涙を溢すということが悲しいというならばそうであったが、内心の僕はその冷たくなった祖母の手のようにもっと無機質なものだった。この時僕に一つの目標みたいなものが出来た。生まれながらに何かを話したという呪われた子の初めての言葉が何だったのか。普通の赤子ならば涙で流してしまうはずのその言葉を僕は知りたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る