第10話 つくもがみ
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闇に紛れ鬼を斬る。そんな生業をする集団がいるという。
鬼とは人の心に潜む欲望のようなものだという。
本来なら時がたつなり一瞬の迷いだと霧散するのだが、時おり実行に移す者がいる。
人に危害を加えたり、物を盗んだりと。
そう言った邪悪の芽を夜な夜な摘みとっているのが、
「まー警察と一緒で、ある程度の区画で管轄が決まっているわけよ。ちょいと前に配属で来た若造が軟弱だから鍛えてやったのに、次の日からいなくなってるしよー。最近の若もんは根性がねーよな」
どうやら凪のしごきに音を上げて前任者が逃亡した模様である。
そのせいで凪は自分の後継者を探しているようだった。
***
美術品というものは、魅了と畏怖の表裏一体だと陽斗は思う。
桐の箱に保管された黒い鬼面は、まるで生きているかのようで、息を呑む。
「つくもがみってのを知ってるか?」
付喪神・九十九神。
長い時間を経て道具には精霊が宿るという。
百年たてば神が宿り、九十九年で朽ちた時には物の怪が呪う。
端的に言ってしまえば、古いものには何かしらの力が潜んでいる、と継父が嬉々として話していたことを思いだす。
そのせいもあってか、月森家にはいわくつきの品物がいくつもあったが、どれも抜け殻で害はなさそうだったのでそっとしておいた。
それがいま眼の前には本物がある。
「百年、時がたつと命が生まれるというものですか?」
「まーそんな感じか。で、
瞬時に理解が追い付けなかったが、凪の言いたいことはなんとなく空気感で悟る。
「本来なら物があって空っぽの器に精霊なりが宿るのだが、その巫女は逆なのさ。視えないモノを具現化して、付加価値をつける」
「付加価値というのは?」
「それ以上の能力。刃物だったら斬るだけでなく、視えない糸、絆とか腐れ縁とかも断ち切れる。鏡は本来の姿を映すだけでなく、永遠に変わらない魂も映し出すことが出来る、とかな」
魂。そう耳にして桃花の今を思う。
彼女は生きているはずなのに、中身がすっかりなくなっている。だからこそ陽斗はまだ助かる、助けられると踏んでいるのだ。
「三巫女の一族はまぁ戦国時代あたりからの長い歴史があるんだけどよー。生きるためと金のために、昔は
「凪」
乾の冷ややかな口調に、ととっ、と口元を押さえる。
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「あー、おほん。ちと脱線したな。まー簡単に言えばそうだな、おめぇさんはこの面をどう感じる?」
凪と陽斗の間に置かれた黒い鬼面。
今は大人しく眠っているかのようだ。
「綺麗です。そして怖い」
「ふふん♪」
陽斗の感想に機嫌を良くしたのか凪はまんざらでもない笑みを浮かべる。
「ワタシが育てましたー♪」
「?」
どや顔で凪は自慢するが陽斗には理解がしがたい。
つくもがみの
この面には何かが宿っているということか?
「
「――あなたみたいに?」
しんと空気が冷える気配がする。
凪の中身は年相応でない雰囲気があった。
むしろふざけてはいるが、熟年の懐の深さを感じ取ることもできる。
「僕ぅ、ピチピチの十歳だよぉー」
「七十過ぎのクソ
「うっせーだまれっ! イヌっころっ!」
二人のやり取りで陽斗の違和感は払拭された。
ああ、やはり。眼が慣れてきた。
外れた眼鏡の視力が、見鬼のカンがようやく取り戻せたようだ。ブレた奇妙な姿がかちりとハマった音が聞こえる。
「綾瀬の道具はアヤカシ入りの
世間が知らないだけで、そんなものが出回っているということなのか。
そう思うと、古美術品への見る態度が変わってしまう。
それから気になることがある。
「素人が簡単に扱えるものなのでしょうか?」
神社で襲ってきた男は形相こそは鬼そのものであったが、どう見ても玄人には見えなかった。
「毒薬は誰が扱っても毒だろ? 針は
「この鬼の面は本物ですか?」
「あったりめーよ。俺が丹精込めてモノホンに育てたからなっ! この鬼面には鬼の腕力と機動力が備わっているぜっ! かつカスタマイズしてどんな素人でもオートでチートに鬼狩りが出来る」
「視えないモノを退治する力ですか」
神社で姿を現した狐面の凪は、通常の人の眼では視ることは出来ない存在をしていた。
外したとたんに凪だと認識出来たあたり、トリガーはお面だと察する。
「そうそう。認識できない鬼には鬼になるのが一番だぜ。免許持ってないと車乗れねーだろ?」
「もし僕が暴走したらどうなるんでしょうか?」
未知の物にたいして不安は拭い切れない。
陽斗は見鬼で視る事は出来るが、基本的に交わらないよう地味に生きてきただけだ。
こちらから積極的に関わりたいとは思わない。
「ははん。鬼は狩っていいんだぜ?」
大義名分を得たとばかりに凪は口元を釣り上げる。
***
そういうことか。
陽斗が制御できなかった場合、強制的に斬られるのだろう。
「
スッと首を横に斬るサインをされると、対応に困る。
なんでもすると覚悟を決めたとはいえ、不安が拭えない。
「乾さんではダメなんですか」
もし出来るのならコツを訊きたいと思い、背後に佇む彼を覗き込むと犬顔が視える。ドーベルマンの様なシュッとした面影が一瞬、乾の顔に重なる。
「ヌイは鼻が高いからダメだな」
「大変申し訳ありませんね」
乾には何かしらの理由があるのだろう。
相性とか得手不得手とか。
「頼んでおきながら質問なのですが、どうして凪さん自身が付けることはしないのでしょうか?」
「俺の身体じゃ、大きくてもうつけられねーんだよ」
確かに狐面は小ぶりで子供の凪にはちょうど良い。
「昔はイケメンで若いねーちゃんをブイブイ言わせてたんだぜー。とある組織の闇取引を遊園地でこっそり覗き見したら、あやしい薬を飲まされて気がついたら小っちゃくなっちゃったんだよー」
どこまで本気なのか。どこかで聞いた設定をさすがに鵜吞みには出来なかったが、凪にはやんごとない理由があることだけは察する。
《大将はん、例の男の居場所突き留めましたっすよ。
白狐に続いて、二階から猫が侵入してくる。
神社で陽斗の背中に乗ってきた片目に傷があるハチワレ猫だ。
短く太いしっぽが今は二本に分かれている。
猫又だと昼間に触れた瞬間に察したが、桃花には黙っていた。
言ったところで信じてくれないか、桃花の性格上、やたらと写真を撮りたがりそうだと思ったからだ。
「よしっ! 鮮度が一番だからな。さっさとぶっ倒しに行くぜっ! 多分そいつの持ってる鏡を奪って来れば、モモちゃんは復活すると思うぜっ!」
血気盛んに凪が意気込むが、陽斗は緊張が走る。
「少し待ってください」
断りを入れて、蚊帳の中に眠る桃花の乱れた髪を撫でる。失くした靴と同様に、いつも使用しているヘアゴムが片方なくなっていることに気がつく。
赤と緑の飴玉のヘア飾り。
イチゴ味とメロン味で美味しそうと指摘したら、情緒がないと桃花に怒られた。
そんなやり取りもつい先ほどのことのように思える。
「行ってきます」
自分がどうなるか不安ではあったが、今は桃花を無事に脱却出来る事を祈るしかない。
「モモさんのことはお任せください。悪いモノが入ってこないよう見張っておりますから」
「お願い、します」
己を保つように深呼吸をして、黒鬼面を手に取る。
ひやりとした感触が顔面に伝わってきた。
ゆっくりと、黒い視界が陽斗を飲み込んだ。
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