04:第一回戦。

 一回戦目。


 鈴が五枚のカードをヒンドゥーシャッフルして、伏せて僕らに一枚ずつ配る。僕に配られたのは♠︎A──すなわち[1]だった。


「ははぁん、なるほど〜」


 配られたカードを見ながらチロがよくわからない声を出す。なんだよ、なるほどって。

 配り終えた鈴がコイントスの構えをした。


「質問の順番を決めましょう。当てた方が先に質問することにします。表か裏か言ってください」

「私、おもて!」

「じゃあ、僕は裏で」


 親指で弾かれたコインが宙を舞う。


 ──"パシッ"。


 結果は裏だった、ということで僕が先に質問をすることになった。


「さて、何を質問しようかなぁ……」


 自分のカードに目をやりながら、何を質問しようかと考える。僕は今[1]を持っている。だから、チロが持っているのは、[2]、[3]、[4]、[5]の、この四つの内のどれかだ。


 ──“質問にはYESイエスNOノーでしか答えてくれない”。


 ということは、この質問で候補を一つに絞り込むのは不可能だ。パッと考えた限りでは、僕の持っていない四枚の中から二枚を選び、それらを持っているかどうかを質問する。YESと答えたらその二つの内どちらかを持っていることになり、NOと答えたら残した二つのうちのどちらかを持っていることがわかる。こうして候補を二つに絞ってから最後に1/2の確率で当てに行くっていうのがおそらく正攻法だろう。他にも何か考えられそうだが、まあここは一回目だ。とりあえずそれでやってみよう。


「先輩からですよ。はやく質問をどうぞ」


 そう言った鈴の顔は部室に来た時に見せたあの無表情に戻っていた。ていうか本当に何があったんだよ。


「どうしたんだよ鈴。顔色が優れないぞ」

「あ、お構いなく。明日、英語の小テストがあってそれが憂鬱なだけなんで」


 なんだそんなことか。心配して損したわ。早くいつもの鈴に戻って欲しいところだが、まあ、進行役としてはこの方がいいのか。

 てことで僕はチロに訊く。


「僕からの質問は、『チロが持っている数字は奇数ですか?』だ」


 この質問にYESと答えたら、チロの数字は[3]か[5]のどちらかだと分かり、NOと答えたなら[2]か[4]のどちらかと言うことになる。果たして返事は……。


「どう、チロ」


 鈴が改めて訊ねる。チロは、


「ん〜、イエスッ!」


 と弾けるような笑顔で元気よく答えた。ということは[3]か[5]のどちらかだな。


 続いて、チロが質問をする番。チロは考えるそぶりを少し見せると、その顔にふっと笑みを浮かべた。僕はなんだか嫌な予感を覚えた。


「私が質問する番ですよね。ふっふっふ。ですが、私は質問なんかせずにいきなり宣言します! 『センパイの数字は[1]ですね!』」

「なっ──⁈」


 ビシィィ、と人差し指を突き出し宣言するチロに、僕は思いっきり意表を突かれた。


「どうですか。先輩」


 審判役でもある鈴が僕の方を見つめる。鈴が催促している以上、チロのこの発言は質問とみなされたようだ。質問には嘘をついてはならない。


「ん……イエスだ」


 その言葉にキャハッ! とチロが笑う。……なぜだ。なぜわかったというのだッ!


「どうですかセンパイ。少しは私のことを見直しましたか?」

「ぐぬぬ……、おかしい、何かトリックがあるはずだ」

「素直じゃないですねー。まあいいや。とりあえず次に進みましょう」


 チロに促されて鈴が進行させる。


「では、宣言ターンに移ります」


 言葉通り、僕たちの質問が終わったので、次は相手の答えを宣言するターンに移る。


「先輩、何を言うか決めましたか?」


 淡々と鈴が聞く横で僕は、


「ちょっと、待ってて」


 と時間をもらい、腕を組み一人考えてみる。


 さて──、なぜチロには僕の答えがわかったのだろう? 言っておくが、僕がうっかりカードを表にして机に置いていたとか、僕の背後に鏡があって反射して見えていたとか、実は鈴とチロが裏で結託していたとか、チロが透視能力をもつ超能力者だったとかでは決してない。そう、そんなはずはないんだ。だが、だとしたらなんでわかった?


「センパイ早くしてくださいよー」


 退屈そうに頬杖をつきながら、チロが僕を急かす。チロには既に僕の数字がバレてしまっているわけだが、それでもまだ僕が負けたわけではない。[3]か[5]か──当てれば引き分けに持ち込める。

 どちらにしよう。悩みどころだ。しかしここで迷ったって仕方がないのは確かだ。どうしたものか……仕方がない。もうここは運だ。適当に日付を見て決めよう。今日は何日だ!

 僕は壁に掛けられたカレンダーをチラと見た。『13日(金)』


「よし、決めたよ」

「では二人とも、お互いの数字をせーのの掛け声で同時に言ってください。いきますよ、せーのっ!」


「1!」

「ジェイソン! ──あ、間違えた。3!」


 チロは当然の如くいちと言い、僕は日付が「1日」だったのでさんと答えた。


「じゃあ、それぞれカードをめくってください」


 鈴の呼びかけに、僕たちはカードをめくる。僕のカードは当然ながら[1]。そしてチロのカードは──[5]だった。

 よって一回戦目はチロの勝利。


「イェーイ、フッフー!」


 満面の笑みを作ってチロは大きくガッツポーズをする。その喜び方に僕はイラっとした。が、それよりもどうやって僕の数字がわかったのか、そっちの方が気になった。


「なんで質問もしてないのに僕の数字がわかったんだよ」

「へへーん、知りたいですか?」

「それゃあ、まあ……」


 もしかしたら勘で当てたのだろうか? それにしたって勘で当たる確率は単純に考えて25%。それに賭けるほどこの後輩はギャンブラーではないはず……。


「わかりませんかぁ〜、センパ〜イ?」


 勝ち誇った顔で僕を見てくるチロ。その顔はかなりうざかったが、だからと言ってこのまま何も聞かないのもモヤモヤして気分が悪い。ここは素直に頭を下げる。


「わからない。だから教えてくれチロ!」

「しょうがないですね〜。今回だけ、特別に教えてあげますよ」


 そう前置きして、チロはふふーん、と鼻を鳴らしてムカつく笑顔で説明した。


「もちろん勘じゃないですよ。私が勘なんかで行動すると思いますか? しませんよ。これはセンパイの質問がヒントになったんです」

「え、僕の?」


 意外な返答に、ぽかんと口が開く。


「はい。センパイは私の持ってるカードが奇数かどうか質問しましたよね。おそらくセンパイはその質問で四つあった候補をに二択にまで絞りたかったんでしょう。でもそれって、手元に奇数のカードがないと普通しませんよね」

「…………。あっ」


 チロに言われて初めて気がついた。頭の中で状況を確認してみると確かにそうだ。


「わかったようですね」


 僕の表情を見たチロは、得意げに説明を再開する。


「例えばセンパイの手元に偶数の[2]があったとすると、私のカードは[1]、[3]、[4]、[5]の内のどれかということになりますよね。この状態で私のカードが奇数かどうかを聞くのは、『あなたは[1]、[3]、[5]のいずれかの数字を持っていますか?』って聞いてるのと同じです。言い換えれば、『あなたの数字は[4]ですか?』って聞いているのと本質的な差はありません。その質問の仕方はリスクが高いと考えがちなので、“センパイ”ならそんな聞き方はしないだろうと私は思いました」


 ──ん、ちょっと待て。いま聞き捨てならないようなセリフが聞こえたような気がしたが……。“先輩”なら──?


「先輩ならとはどういう意味だ」

「そのままの意味ですけど」

「詳しい説明を求む」

「えーっとこれ以上は、この後の勝負に差し支えるので教えられません。勝負が終わったら教えてあげますよ」


 策士チロはなかなか教えてくれない。


「えー、教えてよー」


 食い下がってみる。すると鈴が、


「チロ、無視していいから」


 と口を挟む。いや、無視はしないで。


「わかった。虫するね」

「イントネーションを変えるなよ。まるで僕が虫みたいじゃないか」

「先輩、虫にしますよ」


 えっ、鈴まで!


「ていうか虫にするって、どうやるんだよ!」

「……」

「……」

「いや、本当に無視しないでよ!」


 僕の叫びも虚しく響くだけ。文字通り無視してチロはさっきの説明の続きをする。


「はい、でですね、先ほどの推論から私はセンパイが偶数ではなく奇数を持っているんだろうと予想しました。すると私は[5]を持っているのでセンパイが持っている数字は[5]ではない奇数──すなわち[1]か[3]のどちらかです。あとは簡単です。私がした質問にイエスと答えたらセンパイは[1]を持っている、ノーと答えたら[3]を持っていることは一目瞭然です」


 ……なるほど。本当にわかって言っていたわけではなかったのか。


 それにしても理路整然とした実にわかりやすい説明。つまりは、相手がどんな質問をするかもヒントになるということか。これはなかなかに奥が深い。しかもそれに、あの短時間で気づいてしまうチロもなかなかに凄い。


「凄いなチロは」

「へへ、当然ですよ。センパイには負けられませんからね!」


 にっこりと満面の笑みを見せたチロ。不覚にもその笑顔にドキッとしてしまったが、それは言うまい。ま、そうだな。僕も気合を入れなくては。次はなんとしても勝とう。

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