VS ワリド


◆「6-14 ケプラ騎士団団長 (3) - なんとかスラッシュ」より:VS ワリド・ヒルヘッケン


 団長さんが木剣を地面に刺した。一番長いやつだ。


「俺は悪いが、本気で行かせてもらうぞ、ダイチ君。本気で行かないと相手にならないと見るからな」


 やっぱり本気か。


 それにしてもさすが元王の親衛隊、剣を地面に刺して立つ姿が実に様になっている。ジルや七星のジョーラを相手にしてるから問題はないんだろうけど、団長さんが本気だと言うとちょっと怖いな。フランクで戦闘狂だったジョーラとはまた違う怖さがある。


「まあ、ムルックの言うように、退屈してるのも事実でな。息子たちやケプラの成長を見るのは何にも増して嬉しいし、充実感も覚えるが、……俺は自分が老いて、剣の腕が錆びていくことに昔ほど焦らなくなってしまった自分に対して怒りのような感情をときおり抱くよ。ここに来る前も少しムルックに愚痴をこぼしたところだ。老いることに怒りを覚えることは果たして正常かどうか、それはそもそも怒りと呼べるのかってな」


 団長は小さく息をついて、地面に剣を刺したまま目を閉じた。やはり食事をしていたようだが、結構哲学的な話をしていたものらしい。

 物音がしたので見れば、インと姉妹が椅子を運んでいた。アレクサンドラが場所を譲った。いつの間に。そうして3人は椅子に座った。インと目が合う。いつでも始めていいぞ、と念話が来る。はいはい。


「その話は帰結したんですか?」


 俺の問いに団長さんが目を開けた。いくぶんやるせない表情になる。


「いいや? 強いて言うなら、怒らないことだろうな」


 怒らないか。老いること、老いた自分に対してだろ? いい着地点じゃないだろうか?


「我々人族にとって、時の流れほど恐ろしい天災はありませんね。『自然現象に怒りの丈をぶつけるのは愚かである。しかし怒りをぶつけ続けるのが人でもある』」

「お前は剣客ウレーノスが好きだったな。……なんにせよ、モノを考えない魔物相手じゃ、この疼きは解消できんよ。かといって、首を吊って死ぬわけにもいかんからな。……さて。ダイチ君は剣は使わないのか? 俺は使えると見ているが」

「使えますよ」


 一応、ハリィ君との手合わせで木剣の使い方は理解している。

 攻撃に転じたら《魔気掌》が出たこととか、色々と懸念事項はあるけど、出来る部分で応じていこう。なんか、そういう気分だ。この手合わせで、団長さんの疼きの解消の手助けができれば。


 団長さんはふっと鼻で笑う。


「俺を老いぼれと見ると痛い目を見るぞ」


 鋭い。それにしてもそういう言い方、怖いからやめてくださいよ。静かに激昂しそうなので、似合ってはいるけども。


「そんなことはないですよ」

「まあ、全力を出さねばならんのは俺の方だろうがね」


 そう返答に困る言葉を言って団長さんは武器入れに向かった。剣の長さは、と聞かれたので、2番目のでと言うと、団長さんは木剣を放り投げてきたので受け取った。

 剣が旋回してしまう、ぞんざいな投げ方だった。あれだけの手合わせをしたのだから簡単に取れるだろうと踏んでいるんだろうけど、雰囲気出してきたな。そうして団長さんは位置に着いた。


「ムルック。合図を頼むぞ。カカシの代金は俺につけといてくれ」


 カカシ代? なにそれ。

 後ろを見るが、カカシは俺たちからいくらか離れた場所で突っ立っている。アバンストさんは団長さんのことをちらりと一瞥しただけで、言葉は発しない。えぇ……?


 では行きますぞ、とアバンストさんから目くばせを受けたので、ひとまず頷く。


「――はじめ!!」


 合図とともに構えたが、団長さんといえば、腰を低くし、居合のようなポーズを取った。間もなく、剣先が淡く光り出した。


 これは……?


「くるぞ!!」

「――はっ!!!」


 インの注意喚起の声から間もなく、横に薙いだ団長さんの剣先からは可視化された白い一閃が現れ、俺に向けて飛んできた。


 “なんとかスラッシュ”だ!! てか、速。


 俺は跳躍して、想像以上に速かった団長さんの剣閃を避けたが……後ろをちらりと見てみると、前方の数体のカカシの胴体が切れていた。すごいな、なんとかスラッシュ。……だからカカシ代ね。


 そんな俺の呑気な心境とは裏腹に、団長さんは既に駆けてきていた。そして、


「ふんっ!!」


 着地の瞬間に合わせて薙いできた。アレクサンドラと同じくらいの剣速だが……

 木剣で受け止める。木と木が当たる短い打撃音が鳴った。


 メキッ。


 やっぱり折れるか。ハリィ君より普通にパワーありそうだな――とっさに俺は木剣を持つ力を弱めた。弱めたが、団長さんは体勢を崩すことはなく、引いた。


 すぐに再び駆け、薙いでくる団長さん。今度はさきほどより威力はない。

 けさ斬り。突き。連撃だったようだ。でもまともに打ち合っていると折れるかもしれないので流しつつ受けていく。


「ふっ!!」


 唐突に蹴りが来たので後ろに避ける。跳躍はなるべく低くしておいた方がいいだろう。なぜなら――

 団長さんは間合いをすぐに詰めてまた薙いでくる。やはり。団長さんは結構パワフルなんだが、動きも機敏なようだ。ちゃんと狙いどころを分かっている。


 なんにせよ、空中戦は好きじゃない。少し牽制するか。


 俺は後ろに下がり、団長さんの一撃をギリギリのところで避け、空振る一閃の後ろから団長さんの木剣に剣先を当てた。

 考えの及ばない追撃だろう。団長さんはさすがに体勢を崩したが、すぐに後ろに引いた。さすがに戦闘慣れしてるな。


 引いた団長さんは、剣を構えたまま動かない。


 しばらくして、


「剣はそういう風に使うんじゃないんだが、――な!」


 そんな言葉を吐きながら、団長さんが駆けてくる。剣を振りかぶったので、俺も流す態勢に入る。だが団長さんは斬りつけはせずに鞘に剣を納めるかのような動作をしたかと思うと、木剣の持ち手の底で突いてきた。

 上段で受けさせる態勢に入らせておいて腹に入れる、といったところだろうか。軽い木剣だからこその動きだろうか?


 動作も速いし、普通の相手なら入るんだろうが、俺にはその手のフェイントは効かない。筋肉のバネ、動体視力、反射神経、諸々。色々と人間離れしてるからな。実際人間じゃないし。


 特に虚を突かれることもなく、俺もまた木剣の持ち手の底で団長さんの突きを受けた。少し強めだ。


 コッ! と小気味よい音が鳴る。


 本来なら体格然り駆けている分然り。俺の方が後退するところなんだろうが、団長さんの方が軽く吹っ飛んだ。一方の俺はその場から動いていない。


「ぐっ、……」


 地面に靴の跡を残しながら団長さんは後ずさったが、それでも膝をついたり、倒れたりはしなかった。老いがどうのこうの言ってたが、全くそんなものはないように思う。さすが元王の親衛隊だ。


「ふっ、はっ……。盾はやはりいらんな……。にしても、まるで入れられる気がせんな」


 そう言って、団長さんは薄ら笑いを浮かべた。この人もジョーラと同じく戦闘狂か? 親衛隊が戦闘狂はいかんでしょう。いや、元だけれども。

 それにしても持ち手の底で受けるのはなかなかいい塩梅だ。刀身で受けるよりずっと壊れる心配がない。


 そうこうするうちにまた仕掛けてくる団長さん。今度は刺突かららしい。


 その一手は俺みたいな曲芸師のような奴には避けられて一撃もらって終わりだと思いつつも、刀身でさばく。態勢を崩されながらもすぐに薙いできたので、流しながら位置を移動した。

 ――団長さんのパワフルかつ追撃と切り返しに長けた攻撃はしばらく終わらず、攻防が続いたが、次第にパワーが落ちてきた。手合わせを始めてから5分くらいは経っただろうか? そろそろフルパワーは厳しいらしい。毎回全力で斬り込んでるみたいだからな。


 と、そんなことを感じていると、またさっきと同じ内容のフェイントがきたので、もう一度持ち手の底での突き合いで団長さんを軽く飛ばした。なぜ二度も同じ手を? ……まさか。


 俺の予感は的中し、団長さんは飛ばされながらも両手で剣を振り上げた。刀身が淡く光り出す。


 ほんと戦闘慣れしてる!


「いくぞ!! ――ふっ!!! はあぁっ!!」


 なんとかスラッシュが来たことは来たのだが、団長さんは今度は横には薙がず、Nを描くように2回降り下ろしてきた。


 飛んでくる縦の二閃。そんなこともできるのか!


 そして二閃のすぐ後ろ、二閃の間からは団長さんが駆けてきていた。なるほど、逃げ場はないというわけか――


 俺はその場から動かず、団長さんの攻撃を待った。団長さんの剣は左下段にある。斬り上げか、薙いでくるか、刺突か。団長さんは薄い笑みを浮かべている。それがどういう意味なのかは分からない。

 俺はやってきた斬り上げを刀身で流し、跳躍して団長さんを飛び越えた。その通り過ぎ様に、首を軽く木剣でちょんと小突いた。


 着地してみて見れば、地面には大きな馬車でも通ったかのような2本の轍があり、前方にあったカカシが縦に割れて、片方が折れていた。

 団長さんはしばらく俺から流されたままの態勢でいたが、やがて構えを解いた。そして肩で大きな息をついたようだ。


 団長さんはくるりとこちらを向いて、肩に剣をかついだ。もう一度大きく肩で息をついたあと、俺の方にやってきた。

 もう顔には戦闘中に浮かんでいた好戦的な笑みはなかったし、浮かぶ気配もなかった。


「全く入る気がしなかった。遊ばれてる気すらしたよ」


 なんとも言えずにいると、


「だが、……久しぶりに楽しめた。5年、いや、10年振りかもな。人相手にここまで力を出し切ったのは。君のように体力が有り余ってるなら、俺は延々と斬りかかってたかもな」


 と、団長さんは晴れやかな感想を言いつつ、少し皮肉も言ってきた。ジョーラが師匠に弟子入りのために一週間くっついていたエピソードを思い出したが、こりゃあ若い頃は結構困ったちゃんだった口だな。

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