第56話 オクトパスの第二ステージ

 暗がりから聞こえるねちゃねちゃという気持ち悪い音。


 張り付いては離れるような、吸い付きと離れる音も聞こえてくる。


 壁が壊れた先に進んだことで見えてきたものは、大きくふくらんだ頭に突き出た口、無数の足を持ったモンスター。


「あれはなんですか?」


 ガラライが俺を見上げながら聞いてくる。


「おそらくはブラッドオクトパスかその仲間のモンスターだろう」


「ブラッドオクトパス?」


「オスはその吸盤についたトゲによって他の生物を傷つけ、血を吸う特性を持っているモンスターですわね。イカに似た特徴を持ってますわ」


「ああ。解説ありがとうヨーリン。しかし、遭遇したのはこれが初めてだ」


 噂には聞いていたが、かなりデカい。


 天井が高く、広々とした場所だから自由に体を動かしているのだろうが、もっと狭ければ逃げ道はなかったかもしれない。


 図体だけならガラライの元の姿よりも大きいんじゃないか?


 案の定ガラライの手を握る力が強まっている。


「あの、あれがどっちかわからないですけど、メスだった場合は?」


「メスの吸盤にはトゲがないので代わりに」


「そんな話はいいだろ。ここはモンスター学の教室じゃないぞ」


 ヨーリンたちを注意してから、俺はタコを見上げる。


 警戒しているのかコチラをジッとみているようだが、すぐに攻撃してくる様子はない。


「出方をうかがってるのか?」


 どうやら知能の高い個体らしい。


 正直、変な手と戦った後で触手とやり合うなんて勘弁願いたいんだが。


「私にできることはありますか?」


 ガラライがギュッと俺の手を握りながら聞いてくる。


「そうだな……」


 俺はそこで少しの間考えた。


 ベヒはなんだかんだ巨龍の説得をしてくれたし、シニーはカマを取り出して戦えた、身体能力だってそこそこ高かった。


 クイーンの部下たちは今も魔王軍に破壊された街で活躍しているだろう。


 これまでラーブの餌食になったやつらは何かしらの強みを元から持っていた。


 だが、ガラライはただの荒くれ。力は強いが、それなら俺で対処できてしまう。


「なあ神」


「なんだ?」


「こんなに力になりたがってるんだ。ガラライに神から力を与えてやってもいいんじゃないか? 最初の一つはタダっぽいじゃん」


「ふむ」


 考えるように黙り込んだ。


 ラーブが姿を変えたとはいえ、分類はモンスターだからってことなのか?


 確かにモンスターには力を与えられないはずだが。


「そもそもできるのか?」


「今は人だ。できる。できるが……」


 神は言葉を詰まらせた。


 どうやらガラライに力を与えることを渋っている様子だ。


 そりゃ、元モンスターなんだしな。


「仕方ない。ガラライ。お前はここでジッとしてろ。タコの足がきたらすぐに逃げていい」


「でも」


「いいか。上が見えるところで叫べ。それでお前を殴ったラーブってやつの着地さえ成功させれば、あとは攻撃させればなんとかなるはずだ。もっともこれは最終手段。あんまりラーブの力に頼ると管理が大変だからな」


「わかりました。ラウルさんはどうするんですか?」


「俺はあのタコをなんとかする。神が考えを変えてガラライに力を与えてくれるなら頼むが、こればっかりは仕方ない」


 そこまで言うと、俺たちの攻撃の意思が伝わったのか、タコが急に動き出した。


「ブルルルルルルゥ」


「痛っ」


「痛いっ!」


 俺とガラライがつなぐ手にタコは触手を叩きつけてきた。その後、触手がガラライを包み込んだ。


「ガラライ!」


 暗がりのせいで反応が少し遅れた。


 まるで会話の内容を理解しているようなタコの行動に俺はタコを見上げた。


 弱い方から確実に一人ずつ倒すってか。


「今助ける!」


 俺は触手を全力で殴る。だが、弾けた触手の中にはさらに触手。


 加えて触手はいくら叩いても中が見えない。


 おまけに他の部分がすぐに回復していく。器用にダメージを分散させながら、中でガラライを動かしているのか。


 タコは全ての足を使いガラライを絡め取っているようだ。


 ヨーリンの言葉が正しいなら吸盤にあるトゲでガラライにダメージが。


「タコッ! 貴様ァ」


「ブルルルルル」


 俺を嘲笑うようにタコが息を漏らした。


 必死に殴るが、ガラライの姿は見えてこない。


 今から本体を殴ってもガラライは助かるだろうか。


「いや、迷ってる時間はない。やるしかねぇ」


「仕方ない」


 さらに四方八方から黒い液体が飛んできた矢先、神が声を漏らした。


 気を取られたが俺は難なく黒い液体をかわした。


 ブラッドオクトパスのスミだろうか。


「で、何が仕方ないって?」


 俺の質問に神が答える代わりに、俺の隣にある触手の球が突然中から光りだした。


 暗がりを照らし出し、タコの姿をはっきりさせるほどの強い光だ。


「なんだ。何が起きてるんだ?」


「ブブブブブル?」


 タコも怯えたように縮こまっている。


 慌てて触手を開き、ガラライを解放しようとしたが、それより早く触手は荷物を入れすぎた布袋のようにパンッと穴を開けて割れてしまった。


 驚いたように目を開けるタコ。


 そのまま、破裂は足の根元まで続き、タコ本体も一緒に破裂して黒いスミを辺りに撒き散らして消えてしまった。


「なんだってんだ?」


 雨のように降るスミをかぶりながら、俺は同じようにスミをかぶるガラライの方を見た。


 そこには首の辺りから青白い神を生やしたガラライの姿があった。


「お前はガラライか?」


「……」


 呆然とコチラを見つめたままガラライは返事をしない。


 まさか、モンスターだったせいで記憶を失っているのか?


「第二ステージへようこそ」


 俺の思考を邪魔するように先ほど聞こえたくぐもった声が聞こえてきた。


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【あとがき】

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