2話 おばあちゃん
私は王子様が大好きでした。
一般以下で雑品扱いされる私を、唯一王子様だけが一人の女性として接してくれたから……だから、だから大好きでした。
でもそれは昨日までの話、王子様も他の人と同様に、私は雑品でしか無かったのです。全てが茶番だったんです。
そう、目の前にいる一人のおばあちゃんに説明しました。
「うんうん、可哀想だねぇ。その気持ちは痛い程分かるよ」
どうやらおばあちゃんは私の今の心境を分かってくれている様です。話を聞くに、このおばあちゃんもまた私と同じで、とある国の王子に騙されたとのことらしいのです。
同じ経験をした同情ということで、このおばあちゃんは私を助けてくれたらしいのですが、私をあの状況からどう助けたのかは気絶していた私に詳しくは分かりません。
けど、私がこうして生きている事実。
おばあちゃんの話は本当のようです。
今、私が居るこの場所はとある家の一室。
最低限の生活に必要な物以外は一切見当たらない少し寂しいこの家に、おばあちゃんは一人で住んでいるとのこと。
場所は私の住んでいた王国から少しばかり離れた場所に位置する森の奥地らしいです。
私とテーブルを挟んで対面に座るおばあちゃんは、水の入ったコップを二人分置いて一呼吸、私の目に目を合わせてきます。
「その馬鹿王子に騙されているんだったら何か、こう兆候ってのが見られるんだよ。何か思い当たるふしはないのかい?」
「兆候……ですか? いえ、特に何も」
「嘘おっしゃい!」
突然声を荒げて怒り出すおばあちゃんは、テーブルに強く拳を落として今までの実体験を私に教えてくれました。
どうやらおばあちゃんも私と同じく王城で雑用をしていたようで、それは皿洗いの時のお話でした。
「あたしが皿洗いしていた時に丁度! あんのクソ王子が姿を現したんだよ! 現恋人って立場が邪魔して無視出来なかったようだね! あたしの近くに寄って来て何て言ったと思う!?」
「へ? な、なんでしょう?」
「そんな綺麗な手を汚して欲しくないだよ!」
「えぇ? 素敵じゃないですか」
「その後が問題なのさ! 一緒に皿洗いでもしてくれりゃあロマンチックだろうさ! でもあんのクソ王子はあたしにゴム手袋を渡してきたんだよ! それも業務用の!」
「ロマンもへったくれもないですね」
「うんがああああああああああああああああ!」
叫び声を上げたおばあちゃん。
その後、うっぷんを晴らした様に落ち着きを取り戻しました。そして肩で呼吸をしながら咳き込んでしまいます。
ああ、ご老体なのに興奮するから。
「大丈夫ですか? 少し落ち着きましょうね?」
「ハァハァ、優しいんだね、どうだい? あんたん所の王子も少しはこういった所があっただろう?」
「いえ、私の王子様はそういった所は何も……」
「へぇ、よっぽど仕組まれた恋仲だったんだろうね。キスはした事はあるかい?」
「え……? 無いですけど」
私がおばあちゃんの問いかけにそう返事を返すと、ハァーっと一つ、深い溜め息を落としました。
やれやれと言わんばかりに頭を手で押さえるオマケ付きです。私は何かおかしな事を言ったのでしょうか?
「え、普通は結婚してからキスするもんだって王子様は言ってましたよ?」
「別に夫婦の仲じゃなくてもキスぐらいするもんさ」
「そ、そうなんですか」
ああ、そういうことだったんですね、兆候というのは。キスすら出来ない程の嘘っぱちの恋仲だったのですね、王子様と私は。
そう思うと胸の奥に何かが込み上げて来るのが分かりました。
もうあの日々には戻ることは出来ない、そしてあの日々は全て嘘で、茶番だった。なにもかもが仕組まれた事、そう自覚するとなんだか悲しくなってきます。
急に黙り込んでしまった私を心配してか、おばあちゃんは私の頭を優しく撫でてくれました。
私はその何気の無い優しさが嬉しかった、王子様でさえそんな優しさを向けてくれたことは無かった、私はそれが、たったそれだけのことが途方も無く嬉しかったのです。
ふと目柱が熱くなり、視界がボヤけてしまいます。
「分かったかい? 泣いてるあんたにこんな事を言うのもなんだけどさ、ハッキリと言ってやんないとまた間違いを犯してしまう。あんたは騙されていたんだよ」
「は……はい」
そして、おばあちゃんの目付きは真剣なモノとなって私に向かい合ってきます。
「その馬鹿王子に復讐したいと思わんかい?」
そう言われても、ただの小娘の私に力はありません。
そして、嘘だったとしても、ほんの一時の幸せを私に与えてくれた王子様にそんな事をしたいとは思えませんでした。
「いえ、私は王子様が幸せなら、もう……それでいいんです。王子様の笑顔が私の笑顔に繋がっていたから、その笑顔を奪いたくはありません」
「こんのバカタレがああああああああああ!」
おばあちゃんはまた突然叫び声を上げて怒り出しました、そして私の頭を撫でていた手は頬に飛んできます。私はおばあちゃんにビンタされてしまい、床に倒れこんでしまいました。
そんな哀れな私をおばあちゃんは睨んできます。けど、その目には私がハッキリと映し出されていました。
王子様の目とは違う、私の事を考えてくれている目です。
「立ちな、確か今日があのクソ王女との結婚式を挙げる日って言ってたね、ぶち壊しに行くよ」
「へ? なんで知ってるんですか?」
「純潔を80年間守ると魔女になれるもんさ。あたしは予知が出来るんだよ、だからあんたも助けることが出来たのさ、さあ行くよ!」
おばあちゃんの『行くよ』と声が聞こえた時には既に私は外に居ました。
いえ、外にいるのかどうかすら私には分かりません、
だって景色が横に伸びていて何がなんだか分からないのですから。ただひとつハッキリと分かっているのは、私はいつの間にかおばあちゃんにおぶられていることだけです。
「お、おばあちゃん!? な……なにがどうなって!?」
「あたしが走れば音速を超えるんだよ。空気抵抗は魔法でどうにかできるのさ」
「へ? 魔法!? ええええ!?」
「3分ぐらいで王国に着くよ! しっかり掴まってな!」
そういうおばあちゃんの足は見えなかったです。
多分ですけど、早すぎて見えないのでしょう。
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