第4話 烏合

床に浮かび上がった巨大な魔法陣は白い光を発し始める。目が眩むほどの閃光が視界を白一色に染め上げ、その極光が晴れるとソコには大量のモンスターが召喚されていた。多種多様な怪物がひしめき合っている様子はまさに魑魅魍魎の百鬼夜行。自らの魔術に満足した様子で高笑いした後、男は得意そうに語りだす。


「どうだ!!コレが俺の切り札【百獣夜行モンスターパレード】!!並みの術者では扱えぬ上級汎用魔術を前にひれ伏しやがれ!!」


百獣夜行モンスターパレード】とは文字通り100のモンスターを一挙に召喚する汎用魔術である。本来であればソレ単体でも“そこそこの魔術”として扱われるであろう100種の召喚魔術を贅沢にも術式として使い、1個の強力な召喚魔術に再構築したものだ。

 使用の際の膨大な魔力消費やその習得難易度の高さから考えると、男の言う通りこの魔術は疑いようも無く“上級”汎用魔術であろう。恐らく大半の人間はこの魔術に対抗することはできない。数に押されてじりじりと体力を消耗し、100のモンスターに貪り喰われてしまうのがオチである。

 

 まさに“質より量”を体現した魔術。そんな魔術によって生み出された数多のモンスターたちを前に、プラチナブロンドの少女は一言。


「烏合ね」


 一瞬、風が吹いた。

 そう感じるや否や、モンスターたちの身体が居合で両断された竹筒のように真っ二つに割れ、斜めにズレた。100体のモンスターは己が両断されたことと、動力源かつ中枢部である“核”を砕かれたことを認識する間もなく肉体を維持できなくなって霧散する。

 上級汎用魔術、【百獣夜行モンスターパレード】。並みの魔術師の目には地獄の軍勢として映るこの光景は、フィーラ・クレーンプットの前では有象無象の集まりでしかなかった。

 

 いとも簡単に切り札をねじ伏せられた男は呆然と立ち尽くす。ばかな、うそだ、などと声を漏らして現実を受け止められない様子でわなわなと震えている。そんな彼に軽蔑の眼差しを向けながらフィーラは


「はぁ…これがアンタの切り札?女の子を2回もガッカリさせるなんて考えらんない。デートだったら最悪ね。1回目の失望と合わせて90点の減点よ!」と吐き捨てた。


 こちらを下にしか見ていないであろう軽薄な言葉に男の目に怒りが浮かぶ。


「このクソガキが――」

「はい汚い言葉遣いマイナス30点」


 捨て台詞すらも最後まで言わせてもらえなかった男は、突如吹いた突風によって木の葉のように吹き飛び柱に激突した。全身を叩きつけられた男はゆっくりと柱からずり落ちた後に動かなくなる。衝撃で仮面がポロッと落ちたことにより露になった顔は情けなく白目を剥いていた。


「ば、バカな…」ローブを重くされ這いつくばっている男が口を開いた。「【百獣夜行モンスターパレード】が…こんな簡単に…」

 重そうに頭だけを上げた男は絞り出すように呟く。

 いやまあ災難だったね。俺は兎も角として、彼女に遭遇しちゃったってのが君たちの運の尽きかな。

 さて、ひと段落ついたし質問タイムといきますか…。


「お前、俺の本当の追放理由知ってたよな。どこから聞いたんだ?ソレに俺がここに居るってどうして分かった?」

「……………」


 滅茶苦茶に敵意むき出しの目で見てくるなコイツ。絶対に言わんぞ!っていう気概がひしひしと伝わってくる無言の圧力。そっちがそのつもりなら……<最低重量制限・700㎏>


「うごぁ!?」


 ローブを更に重くしたことにより男は苦しそうに喉声を出す。

 答えろよ、質問はすでに…『拷問』に変わっているんだぜ…


「コレでもまだ言わないってんなら…もうちょびっとだけ重くして……」

「ぎゃああ!言います言います!」男は焦って喋り出した。「俺たちはお前を捕らえるように依頼された暗殺者!依頼元はファンデンベルク家!」

「はいはい、それでそれで?」

「居場所が分かったのは情報提供者がいたからだ!アルステイラでお前を探している途中で………」


 あれ、突然話すのやめちゃったんだけどコイツ。どうしたんだ?


「探している途中で、なんだ?急に黙るなよ」

「あっ……がっ………」


 ん?なんか凄い苦しそうにしてるぞ。自分の意志で黙っているというより、まるで首を絞められて嗚咽を漏らしているような……




「あ~あ~。女の子2人に返り討ちにされちゃ世話ないよ~」


 すると突然、修練場の2階席の方から声が聞こえてきた。倒れ伏しているローブの男たちをゴミくずとしか思っていないような軽薄で傲慢な声。しかもコレが結構な美声である。

 一体どんな奴が現れたんだ?と声がした方に目をやろうとした、その時


「アリアネちゃん下がって!!」


 声が裏返る程に血気迫ったフィーラの呼びかけに、俺は反射的に床を蹴ってバックステップで後退する。一瞬見えた彼女の横顔からは憎悪や殺意といった感情が溢れているようだった。フィーラがコイツに対して何かしらの恨みを抱えてるのは明白、とすれば声の主が俺たちの味方じゃないことも確定。口振りからしてローブの男たちと関係がありそうだったしな。


 後ろに下がったことによって視界が広がり声の主の姿が目に入る。

 細やかな装飾が施された黒い軍服のようなものを身にまとった白髪の男。夜の帳をバックに悠然と佇む彼に対してフィーラは――


「【風神の怒りテンペスティア貫唱ハスティム】!!」


 ノータイムで魔術をお見舞いした。






 


 

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