第5話 風神の息吹
静かな森に響く慌ただしい男女の会話に耳を傾ける。
「フィ、フィーラさん!?何やってんですかぁ!?」
「何って、トレントを地面から引き離したんじゃない!ユーバックも知ってるでしょ?コイツ根から養分を吸って体力回復しちゃうんだから!ソレなら根っこごと吹き飛ばすのみよ!」
頼りなさそうな声をした男の嘆きと、ソレに応える幼い少女の声。
2つの声の主は低木をかき分けて顔を出す。
先に姿を現したのはフィーラと呼ばれていた幼い少女だ。腰まで伸びたプラチナブロンドの巻き髪は木漏れ日に照らされキラキラと輝いている。服装は真っ黒なスーツで、腰に差さっているのは…剣だろうか。
…森にスーツとは何ともアンマッチだけど、動きにくくはないのかな。
会話を聞くに、木の怪物をこちらに吹き飛ばした犯人はこのフィーラという少女なのだろう。
その少女を追うような形で、ターコイズブルーのワインマッシュヘアをした中肉中背の少年が木陰から現れた。同じく黒いスーツを着ているのを見ると、2人の関係は同じ集団に所属する同僚なのか、或いは妙なペアルックコーデで森をデートする奇抜なカップルなのか…いや、ユーバックなる少年は見るからに年下であるフィーラにさん付けしてたから後者はないか。前者だとしても、2人の見た目年齢を考えたら上下関係が少しおかしいけど。
「ソレは知ってますけど…ジャッジさんに言われたじゃないですか!森林を傷つけるとエルフや樹人みたいな種族から反感を買うぞって!だから派手な攻撃魔術の行使は控えろって!」
ユーバックは早口でそう訴えた。
どうやらこの世界にも自然保護を唱えるエコロジストが存在するらしい。
エルフとかいう聞きなれた種族の名前も聞こえたな…。そしてソイツらが森を大切にしてるってのも、何だか解釈一致という感じである。
ジャッジというのは上司のような存在なのだろうか。この会話だけではよく分からない。
「さっきの魔術のどこが派手なのよ!そんなこと言ってないで、トレントが気絶している内に早く畳みかけないと…ってアレ?お姉さん、こんな所で何してるの?」
フィーラは1人佇む俺を見つけるとそう疑問を口にした。
「アレ…本当だ。どうして独りでこのような危険な森に…。取り敢えずこちらへ来てください。事情は後で聞きます、ひとまず森を抜けるまで我々が保護を――」
すると突然、1つの巨大な影がユーバックの言葉と姿を遮り俺の目の前に現れる。
「げっ!もう戻って来やがった!」
俺が思わずそう口に出してしまう存在。そう、緑のくまさんだ。
俺を守ってくれた赤い熊はもうすでに始末されてしまったのだろうか。
緑の熊は奥の2人には目もくれず、俺を鋭い眼光で睨んでいる。完全にロックオンされているな。
既に腕は振り上げられているし、今度こそ本当に死んじゃうかも…。
「あ、アレ
姿こそクマに隠れて見えないが、明らかな焦りが伝わってくる口調でユーバックは驚愕の声を上げた。
「お姉さん危ない!【
黒い爪が俺の頭上にまで迫ったタイミングで、目も開けられないほどの途轍もない強風が吹き荒れる。緑の熊、改め
よく分からない横文字の詠唱と、それによって引き起こされる超常。コレが攻撃魔術ってやつか…。俺が手に入れたような特殊なものではない、よく見る典型的なヤツである。
トレントを吹き飛ばしたのにも同じような魔術を使ったのかな。
やっぱりこういうのを見ると、剣と魔法の世界に転生してきたという実感が湧くものだ。
「大丈夫?ケガはない?」
いつの間にか目の前に移動していたフィーラは、俺に対して心配の言葉をかける。
間近で見ると本当に幼いな。背丈で言うと中学生くらい?でもそう考えると年はアリアネとそこまで離れていないのか。
「本当にありがとう…。マジで死ぬかと思った…」
そう答えるとフィーラはパッと笑顔になり
「いいえ!無事なら良かったわ!」
うん。可愛らしい顔と絶体絶命の危機を救ってくれたことが合わさって、もう天使にしか見えないな。
「それにしても、どうして独りで森に入っちゃったの?しかもこんなに奥の方まで」
「うーん、それを説明すると少し長くなると言うかなんと言うか…」
それを聞くとフィーラは眉を顰め
「長くなるってことは…絶対に難しい話よね。私長い話聞くと眠くなっちゃうから…ユーバックー!早くこっち来て!私の代わりにお姉さんの話を――」
「…っ!?フィーラ様!左に!」
「「え?」」
ユーバックの言葉に反応して俺とフィーラは横を向く。すると、先ほど遠くまで吹き飛ばされたはずの
いくら何でも早すぎるだろ!どんだけオレのことを殺したいんだ!
「マズい!【
先程のように魔術を唱えようとしたフィーラであったが、鞭のようなものに突然体を拘束されそのまま上空へと投げ飛ばされてしまう。
…どうやら気絶していた木の怪物が目を覚ましてしまったようだ。
鞭に見えたソレはトレントが自在に操る枝の内の一本だったらしい。
フィーラに頼れなくなってしまった以上、俺がやるしかない。
誘導灯を右手に具現化させて振り下ろす。
同時に
ここでしょうもない標識を出せば体は真っ二つ、まず助からないだろう。
そんな状況で俺の前に現れた標識は、赤い円の中心に白い棒線が描かれた
――<立入禁止>であった。
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