第33話
【障壁】を張る。
けれど持ちこたえられたのは一瞬だけだ。
ばりんっ、という渇いた音とともに魔力防壁は破壊され、轟音と紅蓮の炎が撒き散らされる。
途方もない衝撃とともに後方に吹き飛ばされた。
「~~~~~~~~ッッ!」
踏ん張るものも何もない空中で巨剣を叩きつけられたため止まらない。
上下もわからなくなった頃、背中に衝撃が走る。
建物の屋根だ。
それだけで勢いを殺しきることができず、何度もバウンドしてどこかの建物に頭から突っ込む。
悲鳴が上がる。当然だろう。いきなり人間が吹っ飛んできたら誰だって驚く。
そんなどうでもいい思考をよぎらせていたら――遅れて、凄まじい激痛が僕の体に襲い掛かった。
「ぎっ、が、ぁぁあああああああああああああ!?」
全身が悲鳴を上げる。損傷のない箇所なんて存在しなかった。腹が、足が、背中が焼けるような痛みを訴えてくる。いや、本当に焼けている。
爆炎をもろに食らった僕の体は、あちこちが焼けただれている。
一番ひどいのは【障壁】を張った左手だ。
手首はへし折れ、肘あたりまで焦げたかのように変色している。
痛みすら届かず、ただ鈍い感覚があるだけだ。
(あの怪物……アレスの『魔剣』を使ってきた……!)
『黒のサイクロプス』が行使したのは間違いなく爆炎属性の魔剣だった。
ただの人間であるアレスが使ってもとんでもない威力なのに、それをあの怪物の膂力を加算すればどうなるのか。その破壊力はあまりにも凄絶だ。
弓の魔力障壁と、エルフィの強化魔術がなければ間違いなく死んでいた。
「カイさんっ! 大丈夫ですか!?」
『グルルッ……』
エルフィと竜状態のルーナの声が聞こえる。
どうやら吹き飛ばされた僕を、エルフィはルーナに乗って追いかけてきたらしい。
「ひ、ひどい怪我……【
回復魔術をかけられる。
エルフィの使える最高威力の回復魔術でも一度では全快させられず、何度か使ってようやく僕はまともに起き上がれるようになった。
「はあっ、はぁっ……た、助かったよエルフィ」
「このくらい何でもありません! カイさんが生きていてくれて、本当によかったです……!」
魔力欠乏で顔から血の気を引かせつつ、それでもエルフィは僕の無事に安堵してくれた。
エルフィの回復魔術のおかげで外傷は修復された。
けど、失った血や体力までは戻ってこない。
僕はふらつく体を何とか起こして周囲を確認する。
どうやら僕は『黒のサイクロプス』に吹き飛ばされたあと、どこかの商店に叩き込まれたらしい。
外に出ると、百М以上も先に『黒のサイクロプス』の頭部が見えた。
あんな場所から飛ばされてきたのか……。
「無事かね、カイ君」
「カミラさん。無事……っていうほどでもありませんけど、何とか」
状況確認をしていると、カミラさんがやってくる。
「一応状況を伝えておこうか。カイ君が吹っ飛ばされたあと、『黒のサイクロプス』は騎士団を襲い始めた。
騎士たちはそれから必死に逃げ回ってる感じだ」
「さっきの魔剣の被害は……」
「それはないよ。あの馬鹿火力を食らったのはきみだけだ。爆発も空中だったから、周囲への被害も大したことはない」
それはよかった。あんな無茶をした甲斐があった。
「今のところさっきの爆発攻撃の追加はないようだ。ま、そうバカスカ撃てるもんでもないだろうね。とはいえ二度目がないとも言い切れないけど」
「……」
カミラさんの言う通り、魔剣の攻撃は魔力消費が激しいだろう。
『黒のサイクロプス』のような怪物でも乱発はできない。けれどもしまだ使えるとしたら、今度こそ王都は火の海になる。
一刻も早く、『黒のサイクロプス』を仕留めなくてはならない。
「さっきみたいに追い詰められれば『黒のサイクロプス』も後先考えず爆発攻撃を使ってくるだろう。持久戦はリスクが高い。一撃で倒すのが望ましい」
「一撃で……」
その方法は、ある。
『あのスキル』なら頑丈な表皮ごと『黒のサイクロプス』を貫通して倒すことができるだろう。
けれど今までそのスキルを使っていなかっただけの理由もある。
あれは一回しか使えない。
失敗すれば僕はもう動けなくなる。
さらに――最悪の場合、街ごと蒸発するかもしれない。
本当なら使いたくなかったけど……あの超火力の魔剣攻撃がある以上、『黒のサイクロプス』をこれ以上野放しにすることはできないか。
僕は覚悟を決めて、まずはルーナに向き直る。
「……ルーナ。何とかして『黒のサイクロプス』の動きを止めて欲しい」
『グルルッ!』
「エルフィは僕とルーナに強化魔術のかけ直しをお願い」
「わかりました!」
エルフィが僕とルーナに【
そんな僕たちを見て、カミラさんが尋ねてくる。
「ふむ……あれの動きを止めればいいのかい?」
「え? そ、そうですけど……」
「なら私も参加しよう。屋敷はともかく、貴重な資料を危険にさらされた恨みがある」
カミラさんがそう言い、目を閉じる。
直後にカミラさんの体内から魔力が迸り――雰囲気が変わる。
「ふーっ……。久々にやったけど、これ疲れるなあ……」
「か、カミラさん……ですよね?」
「他に誰に見えるのさ。姿そのものはあまり変わってないはずだけど」
確かに外見はあまり変わっていない。せいぜい少し犬歯が伸びて、瞳が金色に光っているくらいだ。
けれど今のカミラさんは数秒前とはまるで別人のような膨大な魔力を纏っていた。
近くにいるだけで凄まじい重圧を感じる。
「私が以前『フェンリル』の血を飲んだ話はしただろう? これはその影響さ。私は短時間であれば、その性能の一部を引き出すことができる」
こんなふうにね、とカミラさんが腕を突き出す。
するとその部分が茶色の体毛に覆われ、先端からナイフのような凶悪な爪が生える。
肘から先が完全に『狼の前脚』へと変化していた。
「戦闘能力も飛躍的に上がる。ルーナ君とふたりで、『黒のサイクロプス』の動きを止めるくらいはやってみせようじゃないか」
「……お願いします」
もともとルーナだけでは厳しい条件だ。加勢してくれるならありがたい。
エルフィがカミラさんにも強化魔術をかけ、準備完了。
「それじゃあ行こうかルーナ君!」
『ガルルルアアアッ!(やってやろうじゃない、というような顔)』
「……ところでせっかくだしきみの背中に乗っていいかい? 大丈夫、別に鱗とか盗んだりしないから。ほんと、ちょっとだけでいいから」
『グルルルルルーッ!(近寄ったら噛みつくわよ! という顔)』
そんなやり取りをしながらルーナとカミラさんは駆け出していく。
だ、大丈夫かなあ……。
いや、今は二人を信じるだけだ。
「カイさん……やっぱり、あのスキルを使うんですか?」
「そうだね。できれば街中で使いたくなかったけど……」
エルフィの心配そうな声に応じる。他に手段がないので仕方ない。
『ラルグリスの弓』を構える。
矢を出現させ、弓に番えて引き絞る。
「――【
宣言した瞬間、『ラルグリスの弓』が白い光に包まれた。
バチッ、バチッ、と激しい火花が散る。
膨大な魔力が弓に集められていくのがわかる。
スキル【
効果は雷属性の魔力を帯びた超高火力の矢を放つこと。
その破壊力は通常の矢とは比較にならない。
何しろ『魔獣の森』で試し打ちをした際は、百М以上にわたって森が消失したほどだ。
ただしこの力には代償がある。
「ぐぅぅうううう……ッ!」
弓を握る手から凄まじい勢いで魔力を吸い取られていることがわかる。
通常、『ラルグリスの弓』は弓のスキルを使う際【魔力吸収】によって周辺の大気から魔力を回収する。
けれど【
よって足りない分は担い手の僕が支払うことになる。
(相変わらず、これ、きっつ……)
「げほっ!」
咳き込む。出てきたのは血液だった。頭痛と耳鳴りが止まない。
あっという間に僕の体内から魔力が搾り取られ、魔力欠乏症の症状が現れ始める。
僕が【
このスキルは消費魔力が大きすぎる。これを使えば僕は魔力が空になって倒れてしまう。
これは本当に最後の手段なのだ。
「カイさん!」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
泣きそうな顔で心配してくれるエルフィに、僕はそう強がりを言う。
膨大な魔力を集めた【
これが当たればきっと『黒のサイクロプス』だって倒せるはずだ。
『――グォオオオオオオオッ……!?』
ズンッッ、と振動を響かせて、前方で『黒のサイクロプス』が苦しげな呻き声を上げて膝をついた。
『グルォオオオオオッ!』
「カイ君、今だ! 早くしたまえ!」
ルーナとカミラさんの叫び声が響いてくる。
本当に二人であの『黒のサイクロプス』の動きを止めてくれたのだ。
あとは僕が撃つだけ。
(……、あれ?)
目がかすむ。手先から力が抜けていくような気がする。
【
わかるのは、自分が気絶する寸前ということだけだ。
以前【
(魔力を使いすぎてたかな……)
人間状態のアレス、『黒のサイクロプス』との連戦。
その中で僕の魔力はすでに消費されていた。
さらに魔剣を受けたことで体力もごっそり持っていかれた。
周辺の魔力を奪い尽くす【
けれど疲弊した今の僕にはそれができない。
今の僕では、【
万が一外せば王都が大破壊に巻き込まれることになるだろう。
ふわり、と温かい感触があった。
「カイさん、しっかりしてください!」
「エルフィ……?」
「私も支えます! だから、絶対にこれを当てましょう!」
後ろからエルフィが弓を支えていた。
エルフィの体にも強化魔術の光がある。高レベルであり、強化魔術の力も込みのエルフィなら弓の張力を押し返すことができる。
「エルフィ、何してるの!? 弓に触れたら拒絶反応が――」
「私は『聖女』です! 弓に拒絶されることはありません!」
「!」
そうだ。聖女であるエルフィは神器の管理者でもある。
彼女は僕以外に世界で唯一、拒絶されずに『ラルグリスの弓』に触れることができる。
純粋な腕力だけでなく、エルフィは魔力まで貸してくれる。
それによって不安定だった【
「カイさんは一人じゃありません! 私だって役に立てます!」
その言葉に、僕は目を見開く。
そうだ。今の僕はもう一人じゃない。
「エルフィ、撃つよ!」
「やってください!」
矢を放つ。
僕とエルフィの二人分の魔力を受けた【
白く輝く熱線は王都の上空を飛翔し――
凄まじい炸裂音とともに『黒のサイクロプス』へと襲い掛かった。
『――――――――――――――――――――――ッッ!?』
断末魔さえ聞こえなかった。
『ラルグリスの弓』の放った必殺の矢は漆黒の単眼巨人の頭部を食らい尽くした。
大ダメージを負った『黒のサイクロプス』は耐えきれずに崩壊を起こす。
前方では、あれほど暴れ回っていた『黒のサイクロプス』の体が崩れていっていた。
「やった……のかな」
「みたいですね……」
僕とエルフィは顔を見合わせ、へとへとの笑みを交わし合うのだった。
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