第31話

「くたばりやがれ!」


 アレスが剣を構えて突っ込んでくる。どうやらこっちの都合なんてお構いなしのようだ。


 僕は咄嗟に【障壁】を張り、攻撃を耐え凌ぐ。


(ちょっ、重――ッ!?)


 足が沈むほどの衝撃。以前のアレスとは比べ物にならない。

 たまらず後退して反撃の矢を放つ。


「【加速】、【増殖】×四十!」

「遅っせえ!」


 アレスが剣を振るうと矢の群れは残らず弾き飛ばされた。


「前はそれを食らっていいようにやられたからなぁ……同じ戦法は通用しねえぞ」


 前回はアレスにかすり傷を負わせ、【敏捷低下】の阻害効果を与えて勝ちを拾った。

 けれど今回はアレスはかすり傷すら受けていない。

 よって前と同じ勝ち方は狙えない。


 というか、反応速度が以前と違いすぎる……!


 『ラルグリスの弓』は僕のレベルが上昇するごとに性能を上げていく。

 【加速】のスピードも【増殖】の手数も増しているのに、完全防御してくるなんて!


「おらぁ!」

「ぐっ……【障壁】!」


 アレスの攻撃に魔力防壁を張るも、押し負ける。

 反応速度だけじゃない。腕力もとんでもなく強化されている。


 魔力伝導率の高いいつもの大剣ではないからか、得意の『魔剣』は使ってこない。

 けれどそれでも異常なまでの破壊力を発揮してくる。


 明らかにおかしい。

 短期間でこんなに強くなれるわけがない。

 考えられる原因はアレスが嵌めている黒い宝玉付きの腕輪だろう。

 あれを着けたアレスの右腕は黒く変色している。

 あの腕輪がアレスに何らかの影響を与えているとしか思えない。


「アレス、その腕輪は一体何なんだ!?」

「もらったんだよ! 得体のしれねえジジイにな! 選ばれた者しかつけられねえらしいが、俺なら当然扱える! 俺は特別なんだ!」


 誰かにもらった、か……。ここまで効果の強い魔術効果のあるアイテムを簡単に譲る人なんているはずないと思うんだけどなあ。


「……もらった? しかもあの黒い宝玉、まさか……」


 ちゃっかり安全地帯に逃げているカミラさんが何やら呟いている。


 呑気に見物してないで衛兵でも呼んできてほしいところだ。


「死にやがれカイ!」


 アレスが再度突っ込んでくる。

 離れた位置から矢を撃ち込んでも今のアレスには通用しないだろう。


 なら選択肢は一つ。

 こっちから近づくまでだ。


「――ッ、頭おかしくなったのか、てめぇ!」


 アレスが剣を振り下ろす。


 僕はそれを見切って回避した。

 以前より速度も威力も上がっているその剣を。


「は……!? ど、どうなってやがる!?」


 何度も振るわれるアレスの剣を軒並み回避していく。


「有り得ねえ! 俺は矢を食らってねえぞ!? なのに、何でお前は俺の攻撃を避けやがる!?」


 アレスが驚愕する通り、模擬戦の時と違って僕は彼に減速矢を撃ち込んでいない。

 さらにアレスの身体能力は謎の腕輪によって強化されている。

 にもかかわらず僕がアレスの攻撃から逃げ回れているのには理由がある。


 理由その一は新スキルだ。


 『ラルグリスの弓』ではなく、『狩人』のスキルも大地虎ランドタイガーを討伐した時に獲得している。


 その名も【見切り】。

 動体視力を強化して相手の攻撃を回避しやすくなるというスキルである。


 そしてもう一つが――『慣れ』。


「ふっ!」

「がっ……!?」


 アレスの攻撃の隙を縫って『ラルグリスの弓』を振るい、顎を殴りつける。

 アレスは脳を揺らされてふらつき、血走った目で僕を睨みつける。


「くそったれ……どうなってやがる……何で当たらねえんだ!」

「……僕がきみをどれだけ観察してきたと思ってるんだ」

「あぁ!?」

「『赤狼の爪』にいた頃は、勝手に動き回るきみたちの行動を予想して矢を撃たなきゃならなかった。

 だから、僕は誤射しないためにきみたちの動きを必死に覚えた。

 おまけに、前の模擬戦でさらにそれを補強できた」

「――、」

「アレス。きみの攻撃はもう当たらないよ。きみの動きの癖はもう全部わかってる」


 僕が『赤狼の爪』に加わって一年足らず。


 その間ずっと僕は、アレスたちへの誤射を避けるため彼らの動きを観察し続けた。


 それはあくまで彼らを背中から見た時のものでしかなかったけど、以前の模擬戦でそれを向けられた時の動きも把握できた。


 加えて『狩人』は五感に職業補正がかかる。

 補正込みの動体視力で動きを分析し続けたアレスが相手の場合に限り、僕はもう、減速矢がなくても攻撃を避けきることができる。


「ふざけんじゃねえええええ!」


 激昂したアレスが剣を振りかぶる。


「【落とし穴】」

「ぐぉっ!」


 スキル【落とし穴】。いきなり足場を失ったアレスは穴に落ちるようなことはなかったけれど、大きく態勢を崩す。


 それが決定的な隙になった。


「【加速】【増殖】×四十」

「ぐぁあああああああっ!?」


 ドガガガガガカッ! という掘削を行うような音とともにアレスの体が吹き飛ばされる。


 いちおう運び屋相手の時と同じく、【矢数無限】の応用で矢の先端を安全な形に変えておいた。

 とはいえ、ゼロ距離からの射撃を浴びて無事でいられるわけがない。


 アレスは後方に転がっていき、地面に倒れ伏した。


「がはっ……」

「僕の勝ちだ、アレス。衛兵が来るまでそこで大人しくしてるんだ」

「くそっ、くそっ、何でだ!? 何で俺はてめぇに勝てねえんだよぉおおおお……ッ!」


 アレスは立ち上がろうとするけどそれもままならない。


 すでに勝負は決着したといっていい。


 あとは街の衛兵にでも引き渡せば終わりだ。

 街中でこんな騒ぎを起こしたわけだし、すぐに駆けつけてくることだろう。


「すみません、カミラさん。庭を荒らしてしまって」

「……あの黒い宝玉から力を得ていた。向上したステータスは『力』を中心に全体的な強化……そうなると……」

「……あの、カミラさん?」


 何やらカミラさんがぶつぶつ呟いている。

 何か気になることでもあるのだろうか。


 そんなことを考えていると、外からがしゃがしゃと音が響いてくる。


「王立騎士団だ! ここに街の外で暴れ回った者がいるな!? 大人しく出てこい!」


 現れたのは銀色の甲冑に身を包んだ十人ほどの男たち。

 王立騎士団というのは王都に常駐する精鋭戦力だ。その実力は街の衛兵とは比べ物にならない。


「何十人という罪のない人々の蹂躙に加え、衛兵に対する攻撃行為! 逃げられると思うなよ!」


 怒り心頭の騎士が叫ぶ。


 どうもこの騒ぎを聞きつけて来たような感じじゃない。

 となると、アレスはすでに何かしでかした後だったのだろうか。


 そういえばアレスは衛兵の紋章が入った剣を使っていたし、衛兵と揉め事でも起こしていたのかもしれない。


「さっきはよくもやってくれたわね!」

「いきなり襲ってくるなんて……こんなひどい真似、私たちも見過ごせません」


 復活したルーナと、治療を終えたらしいエルフィも口々にそんなことを言う。


 アレスはこの時点で詰んでいた。


 立ち上がれないほどのダメージを受け、精鋭の王立騎士団に囲まれている。

 僕やルーナも彼を逃がすつもりはない。

 エルフィの強化魔術があればこちらの戦力はさらに引き上がる。


「くそっ、くそっ、くそっ、何でこんなことになってんだ……」


 騎士たちに詰め寄られながらアレスは憎々しげにつぶやく。


「くそったれがぁ! カイっ、てめぇだけは絶対に許さねえ! 『狩人』ごときが俺より強いなんてあっちゃならねえんだよ! ブチ殺してやる!」


 まだあんなこと言ってるよ……。

 これはもう本格的に牢屋にでも入れておいたほうがいいのかもしれない。


 ――そう思った、直後。


「な、何だ!?」

「こいつ、体が黒く染まって――」


 騎士たちが目を見開く。


 ドス黒い魔力がアレスの腕輪から放たれた。

 それは右腕から肩、胴と伝わり全身へと広がっていく。アレスの皮膚が漆黒に染まっていく。


「あぁ、あああっ、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 アレスの獣じみた絶叫が上がる。


 同時に右手首の腕輪を起点に、ボコボコボコボコッ! と黒い肉塊が産み落とされる。

 それはアレスの体を包み込んでいき、加速度的に膨張していく。


 黒い肉塊は膨らんで、膨らんで、膨らんで――やがて途方もない巨躯へと姿を変える。


『フゥウウウウッ……』


 変化を終えた『それ』が、戒めを解かれた高揚を示すように息を吐く。


「…………、は?」


 結果だけ言おう。

 アレスがいた場所には、今や『漆黒の巨人』が出現していた。


「な、何よこれっ」

「どうなっているんですか……!?」


 ルーナとエルフィが唖然として見上げる。

 巨人の体高は目算十五М以上。さらに筋骨隆々としたシルエットのせいで余計に巨大に見える。


 頭部には太い一本の角。

 さらに、黄色に輝く巨大な単眼。


 全身は変化寸前のアレス同様、黒曜石のような漆黒の皮膚に覆われている。


「あー……やっぱりコレか」

「カミラさん! 何か知っているんですか!?」


 この状況で唯一納得したように頷いている人物に尋ねると、カミラさんは単眼の巨人を見ながら応じた。


「彼がしていた腕輪、黒い宝玉が嵌まっていただろう? あれは魔核だよ」

「魔核……? 魔物の心臓部のことですか?」

「その通り。だが、普通の魔核じゃない。討伐されてなお内部で魔力を生み出し続ける特別な魔核だ。そんなシロモノを持つ怪物は他にいない」


 カミラさんはその敵の正体を告げる。



「――『黒のサイクロプス』。かつて『黒の大母』に産み落とされ、討伐できないまま封印された正真正銘の化け物さ」



 その言葉を肯定するように。

 そびえ立つ漆黒の単眼巨人サイクロプスは咆哮を上げた。

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