パーティを追放された<狩人>、SSランク神器に選ばれて世界最強の弓使いに~毎日孤児に優しくしていたら神様に気に入られたようです。かわいい聖女様と一緒に新たな旅を始めたので、昔の仲間の元には戻りません~

ヒツキノドカ@書籍発売中

第1話

「これからは『魔術師』のこいつがうちのパーティに入る。だからカイ、お前は今日でお別れだ」



 パーティリーダーのアレスが言い放った台詞に、頭が真っ白になる。


「お別れって……僕にパーティを抜けろってこと?」

「それ以外に何があるんだよ」


 場所はパーティで借りている宿の一室。

 パーティメンバーも全員いる。


 アレスの隣にはローブ姿の見慣れない男が立っていた。


 おそらく彼が新しく加入する『魔術師』なんだろう。

 アレスはその男の肩に手を置きながら、嘲るように言った。


「『魔術師』が仲間になるんだ。下位互換の『狩人』を置いてやる理由もねえだろ?」


 冒険者は全員、ギルドに登録する際『職業』を得る。

 僕の職業は『狩人』。

 つまり弓使いだ。


 弓矢で遠くの敵を的確に射抜く――なんて言えば聞こえはいいけど、実際は一番のハズレ職である。

 矢が尽きたら何もできない。

 攻撃力も低い。

 同じ遠距離攻撃が得意な『魔術師』の劣化版と馬鹿にされている。


(けど……だからって、こんなにあっさり切り捨てられるなんて)


 僕は不遇職だからこそ、自分を仲間にしてくれたアレスたちに感謝していた。

 だから役に立とうと頑張ったし、結果も出してきたつもりだ。

 自分で言うのもなんだけど、僕がいなかったら失敗していた依頼はいくつもあったというのに。


「……アレス。僕たちは仲間じゃなかったの?」


 僕が言うと、アレスは馬鹿にするように笑った。


「仲間? ははっ、まだ気付かないのか。お前は最初からただのつなぎだったんだよ。『魔術師』が見つかるまでの代替品だ」

「……え?」


 一瞬、何を言われたかわからなかった。


「『魔術師』が見つかった今となっちゃ用済みってわけだ。なあ、みんな?」


 アレスは同意を求めるように周囲を見回す。

 アレス以外の仲間たちは……唖然とする僕を見て、失笑していた。


『今まで気付いてなかったのか?』

『ほんと察しが悪いですよね、この人』

『俺たちと対等なつもりだったのか。『狩人』の分際で』


 心無い言葉に心を抉られる。


「それに、最近のお前はロクに役に立たねーからなあ。魔物との戦いは俺たちの奥に引っ込んで見てるだけ。追い出されて当然だろ?」


 アレスの言葉に僕は唖然とした。


「それはアレスたち前衛が好き勝手に攻めるからじゃないか! 射線も空けてくれないのに、どうやって援護しろっていうんだ!」


 アレスたち前衛陣はそれぞれ勝手に動く。

 前衛が勝手だと困るのは後衛だ。

 彼らは僕が敵を狙っていても、平気で射線を横切ってくる。

 そんな状態で積極的な援護射撃なんてできるわけがない。


「足手まといが一丁前に口を利くんじゃねえ! 俺たちに寄生してるだけのくせに!」

「違う! 少しは僕の話も聞いて――」

「優しくしてりゃあつけ上がりやがって。お前はもういらねえんだよ! わかったらさっさと失せろ!」


 どん、とアレスに突き飛ばされる。

 『力』のステータスに職業補正のあるアレスの攻撃に耐えきれるはずもなく、僕は無様に尻餅をついた。


 そんな僕を見ても、他の仲間たちは興味なさそうな目を向けてくるだけだった。


(……ああ、これはもう駄目だ)


 僕はどうやら本当に、彼らにとって仲間でも何でもなかったらしい。


 僕はよろよろと立ち上がり、こう言った。


「……わかった。僕はバーティを抜ける」

「弓矢も置いてけ。それは俺らの稼ぎで買ったようなもんだからな」


 僕は言われるがまま唯一の武器である弓矢をその場に置き、部屋を出た。


 こうして僕は所属していた冒険者パーティを追放されたのだった。






「これからどうしようかなあ……」


 冒険者ギルドから出た僕は顎に手を当てながら考える。


 アレスのパーティを追い出されたのは悔しいし、悲しかった。

 だけど落ち込んでばかりはいられない。明日からのことを考えないと。


(他のパーティを探す? それともソロで頑張ってみる?)


 新しい仲間を探すのは難しいだろう。

 『狩人』なんて雇ってくれるパーティは少ないし、よくてせいぜい荷物持ちだ。

 かといってソロで活動しても得られる稼ぎはたかが知れてるし……


 困った。

 僕にはお金が必要なのに。


「おっ、そこの冒険者の兄ちゃん! うちの肉串買っていかねえか?」

「え?」


 考え事をしていると威勢のいい呼び声が聞こえた。

 声の主は道端の屋台の店主だ。


 売られている商品を見ると、それは炭火で炙った焼肉串だった。

 焼けた脂から立ち上る匂いが盛大に食欲を誘ってくる。

 値札を見た。一本二百ユール。


「……二本ください」

「毎度あり!」


 匂いにつられて買ってしまった。

 まあ美味しそうだからいいや。

 どこか座れる場所はないか周囲を見回していると――


『『『じー……』』』


 どうしよう。ものすごい見られてる。


 屋台の陰から僕を、正確には僕が今まさに食べようとしている串肉を見ているのは、汚れた身なりをした子供たちだった。

 この街の孤児たちだ。


「……はぁ」


 僕は溜め息を吐いて店主に向き直る。

 何本か追加で串肉を買ってから、僕は孤児たちにひらひら手を振った。


「こっちにおいで。食べ物あげるから」

「「「やったあああ――――!」」」


 盛大な歓声とともに孤児たちがわらわら寄ってくる。


「兄ちゃん太っ腹!」「貧乏なのにね!」「いつもありがとね!」

「あはは……」


 僕は力なく笑った。


 この孤児たちにたかられるのは実は初めてじゃない。

 前に食べ物を恵んでから僕のことを「食べ物をくれる人」だと覚えたらしく、たびたびこうして奢ることになっている。

 他の人なら無視するんだろうけど……一身上の都合により、僕は孤児には弱いのだ。


「お兄ちゃん、食べ物のお礼にこれあげる!」


 口元を串肉のタレでべたべたにした小さな女の子が、僕に何かを差し出してくる。


「これ……花? 僕にくれるの?」


 小さな手から差し出されたのは、綺麗な赤い花だった。


「うん! 本当は売り物にするつもりだったんだけど……ご飯くれたから、お礼!」


 満面の笑みを浮かべる女の子に触発されるようにして、他の子供たちも「あ、リナが何かあげてる!」「俺もあげる!」「私も!」と、抱えていた色とりどりの花を――

 って多い! 持ちきれないんだけど!


「「「それじゃありがとうー!」」」


 渡すだけ渡すと、子供たちは走り去っていった。


「……嵐のようだ」


 僕が思わず呟くと、予想外なことに返事があった。


「ふふ、元気いっぱいで可愛らしいですよね」

「? ……うわっ、エルフィさん!」

「はい。こんにちは、カイさん」


 いつの間にかすぐ近くに純白のシスター服を着た少女が立っていた。

 綺麗な金髪と緑色の瞳が特徴的で、とてつもなく整った顔立ちをしている。


「エルフィさんはこんなところで何を?」

「治療院に行ってきた帰りです。これでも少しは回復魔術が使えますから」

「そっか。お疲れさま」


 エルフィさんとそんな雑談を交わす。

 そうしていると、彼女を見た通行人たちから声が聞こえてくる。


『おい見ろよ、『聖女』様だ』

『いつ可愛いよなあ……天使のようだ……』

『手を出そうなんて考えるなよ、嫉妬に狂った街の男たちにぶちのめされるぞ』


「? 何でしょう。何だか見られているような……」

「き、気にしなくていいんじゃないかな」


 首を傾げるエルフィさんに僕は曖昧な返事をした。


 聖女。

 それがエルフィさんの地位を示す言葉だ。


 シスターの中でも特別な力を持っていて、それゆえにある役割を持っている。

 この街にいるのもその役割のためだそうだ。

 もっとも普段は普通のシスターと同じように、怪我人を治療したり教会の雑務をこなしたりしていて、僕なんかとも普通に話してくれたりもする。


 そんな聖女エルフィさんは、僕がさっき孤児からもらった花を見てくすりと笑った。


「カイさん、あの子たちに優しいですよね」

「孤児相手だとどうも強く出られなくて……」

「ふふ、わかってますよ。だってカイさん、故郷の孤児院に仕送りするために冒険者になったんですもんね」

「……まあね」


 僕は頷く。


 そう――僕が冒険者なんてやっているのは、お金を稼いで僕を育ててくれた孤児院に仕送りをするためだ。


 僕自身も孤児だったし、そういう子たちと一緒に育ったので、お腹を空かせた子供にはどうも弱い。他人事に思えないのだ。


 いや、馬鹿なことしてるって自分でも思うんだけどね……僕もお金ないのに……


「ところでカイさん、弓矢はどうしたんですか? それにお仲間の方もいらっしゃらないようですが」

「……」


 心の傷をピンポイントで抉られたような気分だ。


「……実はパーティを追い出されちゃって」

「追い出された!?」


 僕はアレスのパーティを追放された事情をエルフィさんに話した。

 聞き終えたエルフィさんは、信じられないというように目を見開いていた。


「そんなひどいことが……」

「まあ、『狩人』が不遇職なのは事実だから……」

「それでも信じられません! カイさん、この街でいちばん弓がうまいって評判なのに!」


 エルフィさんの言う通り、僕は弓の腕だけは自信がある。

 もともと猟師だったから、弓矢の扱いは得意なのだ。


「それに、カイさんはすごくいい人です。この前だって、怪我をした孤児の手当てをしてあげたり、食べられる植物の種類を教えてあげたりとか……」

「あれ、よく知ってるね。たまたま見てたの?」


 エルフィさんの言っていることは事実だけど、その場にこの人がいたなんて気付かなかったなあ。

 僕が指摘するとエルフィさんはなぜか顔を赤くした。


「い、いえっ。その、たまたま見てたというか、カイさんのことはよく目で追ってしまうというか……」

「? 僕を?」

「な、何でもありません!」


 両手をぶんぶん振って否定された。いや、別に見られて困るものでもないからいいんだけど。

 エルフィさんは話題を変えるようにこんなことを言ってきた。


「か、カイさんはこれから何か予定はありますか?」

「うーん……ギルドに行ってパーティ募集の張り紙をしたり、依頼探しをしたりするくらいかな」

「それって明日で良かったりしますか?」

「え? ま、まあ、そこまで急ぎでもないけど」


 今からパーティ募集の張り紙をするのと、明日の朝するのとで大した違いはないだろう。

 それに、今すぐギルドに行くとアレスたちと鉢合わせる可能性もある。

 正直それは避けたい。


「でしたら、今から教会に来ていただけませんか?」

「教会に……? 何でまた?」

「カイさんに見てほしいものがあるんです」


 よくわからないけど、特に急ぎの用もないのは事実だ。それに、せっかくエルフィさんが誘ってくれたんだから断る理由はない。


「それじゃあ行こうかな」

「よかったです。それじゃあ、ついてきてください」


 そんなわけで僕はエルフィさんについて教会へと向かうことになった。




「見せたいものって……これ?」

「そうです」


 僕の質問にエルフィさんは頷いた。


 場所は教会の地下。

 どう見ても関係者しか入れなさそうな場所に、エルフィさんに案内されるままに僕は足を踏み入れていた。


 一見すると倉庫のような印象を受けるけど、たぶん違う。

 宝物庫、と表現するほうが正しいだろう。

 僕たちが見ているのはその一番奥に安置されているものだ。


「……弓、だよね?」

「はい。正式な名前は『ラルグリスの弓』――創神教が保管する神器の一つです」



 ――僕はあまり詳しくないけれど、この街には、とある神様の伝承が残っている。



 神様の名前は『戦女神ラルグリス』。


 神話の中では、かつて世界を滅ぼそうとした魔神を討伐したとされている。


 何でもその神様が魔神と戦った際に使った武器が弓矢だったらしく、『狩人』たちにとっては縁起がいいと言われているんだとか。


「まさかと思うけど、本物だったり?」

「その通りです」


 神妙な顔で頷くエルフィさんから視線を外して目の前の弓を見る。

 そう言われても、ぱっと見ではただの古ぼけた弓にしか見えない。

 実際に使ったら一発で真ん中からへし折れそうなんだけど……


 と、僕の考えを察したのかエルフィさんがこんな説明をしてくれる。


「この弓はこれが真の姿ではないんです。『ラルグリスの弓』はふさわしい担い手が現れるまで眠りについていますから」

「担い手?」

「はい」


 エルフィさんいわく。


 教会の記録によれば、この弓は世界の危機が起こるたびに担い手を呼んで災いを祓うんだそうだ。

 そしてそれが終わると再び休眠状態に戻る。

 世界の危機なんてそうそう起こるものではないので、『ラルグリスの弓』はこの状態が基本なんだとか。


「私のような『聖女』は、休眠している間の弓の管理をするのが仕事なんです」

「へえー……」


 エルフィさんの肩書である『聖女』には、神器の管理者という意味があったらしい。

 ……ん?


「あのさエルフィさん。そんなに貴重な弓を僕なんかに見せて良かったの?」


 もちろんそんなことをするつもりはないけど、仮に僕が悪人で、弓を盗もうとしたらどうするつもりだったのか。

 そうなったら案内したエルフィさんもただでは済まないだろう。


「えっと……本当はだめです」

「やっぱりそうなんだ。……どうしてこんなことを?」


 エルフィさんは目を伏せて、言葉に迷うように髪をくるくるといじる。


「その、カイさんに元気を出してほしくて」

「僕に?」

「『ラルグリスの弓』は『狩人』の方には縁起がいいものとされています。これを見れば、カイさんも気分を変えることができるんじゃないかと思ったんです」


 そう言ってエルフィさんは照れくさそうに笑みを浮かべた。


「……カイさんには、落ち込んでいてほしくないので」

「……」


 どうしよう。

 この人めちゃくちゃ可愛いこと言ってるんだけど。


「そ、そうなんだ。ありがとうエルフィさん」

「い、いえいえ。私が好きでやっていることですから」

「でも、気持ちは嬉しいけどあんまりこういうことはしないほうがいいと思うな。こう、好かれてるって勘違いする人も出てくるかもしれないし」


 エルフィさんは誰に対しても優しいけど、今回のことはやり過ぎな気もする。

 こんなことをしたらうっかり好意を持たれているんじゃないかと思いそうだ。


「…………勘違いなんかじゃ……」

「? エルフィさん、何か言った?」

「な、何でもありません。あはは」


 言葉を聞き取れずに尋ね返した僕に、エルフィさんが顔を赤くしたまま空笑いした。

 まあ、何でもないならいいか。


「そ、それじゃあ戻りましょう。ここにカイさんを連れてきたのが神父様にばれたら怒られてしまいますし」

「うん、そう――ってエルフィさん危ない!」

「え?」


 急に振り向いたせいでエルフィさんの足が『ラルグリスの弓』を置いた台にぶつかった。


 その衝撃によって立てかけられていた弓が投げ出される。

 まずい! あんな古い弓が地面に放り出されたらそれだけで壊れかねない!


「ほっ」


 というわけで地面に落下しかけた『ラルグリスの弓』を確保。

 いやあ危なかった。神器に傷でもついたら大変だしね。


「……カイさん、それ」


 エルフィさんが何か言いかけたその時――


 唐突に『ラルグリスの弓』が発光した。


「うえっ!?」


 あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。


 何これ!? 普通弓って光らないよね!?


 そして再び目を開けたとき、僕が触れていたのは古びた弓ではなかった。


 雪のように白い弓だ。それを金色の紋様が飾っている。

 手触りは金属のようだけど、持っている僕が違和感を覚えるほどに軽い。



 例えるなら。

 それは神話に出てくるような美しい弓だった。



「……」


 エルフィさんが絶句している。


 えっと、さっきエルフィさんは何て説明してくれたんだっけ。


 確か『担い手』が現れたら弓の姿が変わるって――


「…………えっ?」

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