第134話 対話
皇都バレルからは八割ほどの市民が避難していた。残りの二割は避難したくても出来ない人たちだ。主に貧民街や悪所と呼ばれる場所に住んでいる。逃げたくても逃げられないのだ。あてもなければ、頼れるところもない。流れ流れてこの皇都へとやってきた貧しい人々だ。
その悪所の一つに建つ教会の前にユリシスは立っていた。ランサもロボも一緒についてきてくれている。玄関にはロボの眷属が見張りに立っている。中に軟禁されているのは、オーサだ。
「教会といってもずいぶんと粗末な建物ね。尖塔がなければ教会だって分からないわね。オーサはここに住んでいるの? 彼は高位の司教だったはずだけど」
祭政一致の政体を取っているナザレットには貴族はいない。それは権力は世襲されないという意味になる。その中にあっては高位の司教は最高の身分だと言っていい。大聖堂の近くに、官舎なりが与えられているはずなのだが、オーサはどうやらこの見すぼらしい教会で起居しているようだ。
扉を開いて中に入る。窓から裏庭が見える。そこにはオーサを中心にして十数人の子供たちが遊んでいる。オーサがユリシスたちを認め、部屋の中へと入ってくる。
「今日は要件があってきました。その前に伺いたい。あの子供たちは」
子供たちの楽しそうに騒ぐ声が窓の向こうから聞こえてくる。
「すべて親から捨てられたり、置き去りにされたりした身寄りのない子供たちです。ここで私は育てています。私の家族なのですよ。ここは教会でもありますが、彼らの家でもあるのです」
オーサが言っていた心残りとはこの子供たちだったのだろう。オーサがいなくなれば、路頭に迷うのは明白だ。
「それでも私はあなたを亡き者にしなければならないと思ったのです。子供たちには気の毒だとは思いましたが、私はナザレットの大司教でもあるのですから」
オーサの目論見は結局は失敗に終わった。戻ってきたユリシスは、オーサを軟禁し、皇都バレルを一時的に閉鎖した。問題は中に残った人々の扱いにある。
「それで要件とはなんでしょうか?」
オーサには分かっているのだ。この聖女には政務を取り仕切る力はない。
「簡単です。一時的に政務を見ていただきたい。この皇都には二割ほどの人がまだ残っている。いや残されていると言ったほうがいいかもしれないけれど、その人たちを救って欲しいのです。国庫をあなたにお預けします」
オーサはユリシスの申し出を受け入れざるを得ない。この教会周辺にも多くの人が取り残されている。平時であっても、喰うに困る貧困層の人たちだ。暴動を起こすような気力すら残ってはいない。
この皇都からは二つの軍隊が出立していった。どちらも食糧を携行しているが、まだ国庫には余裕がある。それを上手く分配してほしい、それが救済の一つになる。
「分かりました。お申し出をお受け致しましょう。それでここの人たちも助かるのであれば、私としても助かりますから」
オーサは確かに策謀をおこなった。リリーシュタットを苦しめるために、ありとあらゆる手段を使った。ユリシスが標的にもなった。だが、ユリシスはこの教会の様子を見て納得がいった。
「貴方は基本的には徳のある善良な人のようですね。ぜひお任せしたい。それほど長い時間は取らせません。一時的で構わないのです。くれぐれも武装放棄などは考えないように、住民に被害を出したくはないのです」
有事になれば弱い者から傷ついていくのだ。今度の戦争でも多くの人が傷ついた。兵してもそうだ。徴用されなければ、普通に生活を送っていたはずの市民も多く含まれているはずだ。彼らの犠牲の上に、今がある。
「我が軍は敢闘はしたでしょうが、あなたがここにいる。つまるところは援軍も含めて敗退したと見るのが妥当でしょう。罪は私一人が負えばそれでいいのです。市民たちに罪はない」
そのあたりの見解はユリシスも同じだ。国とはともかく体面を重んじる。子供でも出来るのに、国にはそれができない、良くある話だ。
「間もなく我が軍がこの皇都にやってくるでしょう。和平交渉が始まります。それまでで構いませんので」
ユリシスが手を差し出すと、オーサが握り返してくる。どうやら納得してくれたようだ。
「しかし、一言苦言を申し上げたい。私が言えた立場ではないのですが、聖女としては行動が軽率すぎはしませんか?」
戦闘への参加、単騎での皇都への潜行、そしてこの教会への突然の来訪など、ユリシスの行動は聖女の規格からはかなりはずれている。
「私は、ナザレットを征服するつもりはないのです。意見を通すためには戦功が必要なのです。だから私はここにやってきた。これから行われるのは戦闘ではなく、交渉です。戦いは終わったのです」
争いをなくし、人々を救う、その観点から見れば、ユリシスにとっては多少逸脱した行動など問題ではないのだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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