第122話 亡国
「どうして……?」
ユリシスは声にならない。先を続けられない。何度も同じ質問を受けているのだろう、ユイエストは落ち着いている。
「無理もない、驚いただろう。私が君たちの信奉しているユイエスト教の教祖になっているんだ。もちろん私にその自覚はないけれどもね」
ユリシスが聖女となっている世界的宗教のひとつユイエスト教の教祖がなぜここにいるのか? しかも本人は教祖でも何でもないと言っている。なぜそうなったのか本人の口から聞き出すしかない。
戻るための方法を探り出すのも大切だが、ユイエスト教はユリシスを支える骨格のひとつでもある。聞いておかなければならない。
「私は確かに博愛は説いた。しかし、それは人民のためではなく、自分のためだった。それが曲解されて広まり宗教にまでなってしまっているんだ」
ユイエストはしかも人間ですらない。魔人だ。ユリシスの生きていた時代にあっては人間と魔族は完全に住み分けられている。もちろん交流はあるけれども、それは民間の貿易だけに限られている。それも建前上は交流すらない、それが各国の見解だ。国交を結んでいる国同士も存在しない。人間のすむユグラシア大陸と、魔人の暮らすアストル大陸の間には海がある。交流は船だけに限られているのだ。
「私はその大陸にある、とある国の王位継承権を持っていたんだ。その争いに巻き込まれてしまった。私だって命は惜しい、持てるものだけをもって船に揺られ、人間に助けを求めたんだよ」
その国の名前はガイガル王国という国だと教えてくれた。ユリシスには聞き覚えがない。人間側の国であればおおよその名前と位置関係は理解できるが、魔人側の大陸の国となるとまったくと言っていいほど知識がない。
「すいません、初めて聞く国の名前です」
ユリシスの受け答えに笑ってユイエストは応じる。
「そんなに恐縮する必要はない。みんなから話を聞いても、私の故国の情報は得られなかった。どうらや滅亡したと考えるのが妥当だ。もしかしたら、私の巻き込まれた王位継承問題が遠因なのかもしれない」
いずれにせよ、ここに来てしまった以上は、王位や王国の話は虚しい話題だ。何らかの解決にもつながらない。戻れるのであれば、戻ってからの話だ。ユリシスにとっては魔人と会うのすら初めての経験なのだ。戸惑いは隠せない。
ユイエストによると、人間と魔人にはそれほど大きな差はない。ユリシスの時代においては多少文化レベルが劣るという話が伝わってきているが、それも気になる程度ではなく、もちろん見下してよい存在ではない。
「知っているとは思うが、魔人と人間の大きな違いは宿痾の有無だ。我々魔人には宿痾がない。それだけ肉体には恵まれている訳だ」
ユイエストは落ち着いて机の上で手を組む。
「ここから先はここに後から流されてきた人から聞いた話を私なりにまとめて解釈したものになるが、私は確かに博愛を説いた。しかし、それは人民にではなく、亡命先の国において、博愛を持って国と国とが付き合って行きましょう、そういったものだったんだよ」
しかし、人間側にユイエストを受け入れる準備はなかった。それだけにとどまらず、魔人というだけで迫害を受けるようになったのだ。そうなるともう逃亡するしかない。本国においても逃げ出した先においてもそれしか選択肢はなかったのだ。それでも、ユイエストは諦めなかった。諦めきれなかった。
「魔人との関係は人間にも利益をもたらす、私はそう解き続けた」
貿易はいつの時代でも巨額の利益を国にもたらす。そこに絞ってユイエストは国と国との繋がりを解き続け、何とか継承権争いに首を突っ込もうもやっきになっていたという。
「人間側にも何人か支援者が現れてくれはしたが、好転はしなかった」
迫害の手は命の危機にすら及んだ。ユイエストにはもう打てる手がなかった。居場所が徐々になくなっている焦燥だけが募っていった。人間側にとっても支援者が増えて行く状況は見過ごせなし問題として映った。ユイエストの命を奪うために刺客が放たれたのだ。身体は頑強であるとはいえ、特別な訓練を受けているわけではない。ユイエストは窮地に陥った。
「なんとか命を長らえる手を打つ必要があった。そこで私は賭けに出たんだ。ここにいるベルベストは魔術の達人だった。まだ使ってはいない術式だったが、次元系の魔術でここに飛ばされてきたんだよ」
博愛を説くユイエストと支援者の広がりは、ユイエスト教の布教史と合致するが動機が全く異なっている。
ユリシスは黙ってユイエストの話を聞いている。
ユイエスト教を学んだ者は最初に教えられる。教祖ユイエストは博愛を説き、人々を引き付けた。それは次第に大きな力となり、時の権力と愛入れなほどのになった。やがて信者側と権力者側の関係は緊張度を増し、ユイエストは捕縛、処刑されるに至る。それがさらにユイエスト教が隆盛するための起爆剤となった。
だがユイエストの話では博愛の解釈が大きく違ってきてしまう。ユリシスはそっとオーサに目をやる。オーサも驚いているのだろうが、表情は平静を装っているかのように見えた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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