第76話 宿題
「やっぱりここは落ち着くわね。大変だったけれども、やっと帰ってきたって気がする。ランサもロボも、ハッシキもありがとう。なんとかなって良かったわ」
リリーシュタットの王宮内にある、間借りしているユリシスの自室だ。ユリシスは大きく伸びをする。窓の外は新緑で溢れている。季節はいつの間にか初夏へと移っていた。それすらも気付かないような慌ただしい日々だったとも言える。
そもそもユリシスは季節の移ろいになど関心は薄かった。ここから見える庭に咲いている花の名前すら知らずにいた。暑くなれば薄着をし、寒くなれば厚手の上着を羽織る。それもすべて侍女が用意してくれたものだ。
ランサが紅茶を持ってきてくれた。そしてソファーに着席する。今から訪れてくる人を待つのだ。
「今朝はちょっと大変だったわね」
バレルから戻ってきたのは今朝。開門の少し前だ。手近な街から聖サクレル市国の宰相レビッタント・ミラと執政アリトリオ・レストロア宛の書簡を早馬で出していたのだ。その関係もあってか、最後の街からはのんびりと帰ってきた。
事前に通知してはくれていたのだろうが、不寝番の門衛は、驚いていた。門が開く前に街にやってきた少女二人だ。小さな犬を連れている。宰相と執政からの通達がなければまず通しはしなかっただろう。
「出ていくのも面倒だったけれども、入るのも同じね。まあ、身分を証明するものなんて何も持ってないのだから、聖女だの補佐官だの言っても、ただの女の子でしかないのだから」
ユリシスがティーカップに手を付けると、扉のノックで、待ち人が現れた。レビッタントとアリトリオだ。今朝の到着を告げると、すぐに来ると言うので待っていたのだ。ユリシスとランサは少し眠い。手早く報告だけでも済ませたい。
「よくぞご無事でご帰還なさいました」
言葉数は少ないもののレビッタントには深い安堵の表情が見て取れる。
「ご無事で何よりでございます。こちらの手配が上手くいったようで何よりでございました。知らせは受けております」
諸々と手配をしてくれたアリトリオもユリシスとランサ、そしてロボ、ハッシキの無事な戻りを喜んでくれている。
「あなたが色々と手配してくれたおかげで、助かりました。その代わり、宿題を持って帰ってきましたので検討してもらわなければなりません。委細は承知していますか?」
ユリシスはアリトリオの指示に従って、ターバルグでラクシンと会い、そして彼女から協力を得た。その手助けがなければ右腕は取り返せなかっただろう。
「もちろん承知しております」
ユリシスは協力だけしてもらって、答えは保留にしてある。占拠されたレストロアをどうすべきか、二人には算段があるに違いない。どちらも辣腕家だが、レビッタントはどちらかというと鷹揚なタイプで、やや婉曲を好む。それに対してアリトリオはまさしく切れ者といった表現が相応しい。
「それでどうするお積もりですか? 借りは借りとして返したいとは思っていますけれども」
ラクシン・ケータリムは、腕を取り戻したら、直接、市国に戻るように言っていた。つまり話しはアリトリオとの間ですでに出来ている可能性を考えながらの帰途だったのだ。
「もちろん、申し出を受け入れるつもりですございます」
アリトリオはその理知的な瞳をユリシスに向ける。ターバルグが中立を止め、こちら側に臣従するといきなり宣言されたのでは、おそらく攻撃を受けるだろう。それを回避する必要があるし、まず最初にレストロアを奪還、あるいは破壊するのが条件になる。
「戦争になるでしょうか……?」
ユリシスはうつむく。戦争は否定しないが避けれるものであれば避けたい。被害の出ない戦争などないのだから。
「交渉はまず難しいでしょう」
レビッタントがつぶやくように口を開く。レストロアには現在住民はいない。武装した兵たちが入り要塞化しているのだ。
「リリーシュタットに動いてもらいましょう。もちろんこちらも兵を出します。それと聖女様にもお出ましいただかなければなりません。お許しください」
レストロアはリリーシュタットとは国境を接している。その街が要塞化しているのはなんとも具合が悪い。もちろんナザレットもそれを承知で占拠しているのだ。
外交的には二つの国は交戦状態にある。リリーシュタットから軍を出してレストロアを攻めても問題はない。ただ、攻めて終わりではない。脅威を取り除かなければ軍を出す意味はない。リリーシュタットには今、充分な兵の余裕がない。それをかき集めて攻めたところで、どれほどの戦果が上がるか疑問だ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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