第61話 現状
「お帰りなさいませ、聖女様。ご帰還なによりでございます」
ユリシスの前には宰相レビッタント・ミラ、そしてその後方には執政のアリトリオ・レストロアがひざまずく。ユリシスは久々に聖女のみが着用を許されている白い法衣を身にまとっている。
「二人には留守の間、手間を掛けました。と言ってもまたすぐに出なければなりません。許してくださいね。留守中は何かありましたか?」
政務は滞りなく進んでいる。リリーシュタット家にも今のところ問題はない、やや市国、それも教会の造営が遅れているが、それも間もなく解消するだろう、などの報告をユリシスは受けた。
「一番の問題は聖女様のご病気の件でございます。お見舞いをしたいという問い合わせが数多く参っておりまして……。外交にも関わってきますので、いささか持て余しております。臣の無能をお叱りください」
元々病気という噂を流させたのはユリシス自身だ。二人を責める気など毛頭ない。
「いらぬご苦労をおかけして、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですが、もう少し時間が必要です。どれぐらいであれば大丈夫でしょうか?」
アリトリオが眉間に皺を寄せる。迷っているようだ。
「多少漏らしても良い範囲をご指定くださいませんでしょうか? お許しいただけるのであれば三ヶ月はなんとか。もし現状のままでございましたら一ヶ月が限界かと……」
ユリシスにとってはだいたい予想どおりだ。椅子を中指でコツコツと叩く。その仕草にランサは少し口角を上げる。
「一ヶ月ですね。了解しました。それでは早目に片付けてくるとしましょう。もし一ヶ月経ってもどってこなければ、二人の判断に任せましょう。この件に関しては一切の責任は問いません」
ユリシスはコツコツと叩いていた中指を止め、左腕をランサへと差し出す。するとランサはその手に持った本をユリシスに渡す。
「一つお願いがあるのですが、出来れば極秘扱いでお願いします」
前に進み出たレビッタントに本を丁寧に渡す。
「ここには図書館はまだありませんから、リリーシュタットに頼んでこの本を筆写しておいて欲しいのです。普通の人が読んでも意味のあるものではありません。将来の聖女のために必要になるかもしれない本なのです」
あの日、チシキにもらった本だ。ところどころユリシス自身が書き加えた箇所もある。内容を問うほどレビッタントは愚かではない。だが一つの懸念を述べた。
「リリーシュタット家に持ち込めば、それだけ秘密が漏れる可能性がございます。いくらご実家とはいえ他家でございます」
レビッタントはミラ家で処置してはと意見を言ったのだ。ミラ家も蔵書を管理する司書役がいるのだ。ユリシスは少しだけ思案する。ちらりとランサに目をやると、小さくうなずく。どうやら問題はないようだ。
「よろしいでしょう。それでお願いします。ただし……」
釘を刺すようにやや強目の口調でユリシスは命令を下す。
「その司書の命は保障するように。厳命ですよ」
レビッタントは深く頭を垂れる。
「ご配慮痛み入ります。必ずそのように」
彼は最悪の場合を考えたのだ。多少気の回しすぎのきらいはあるが、聖女からの要請をしくじる訳にはいかない。それが聖女の未来に関わる極秘書籍ともなればなおさらだ。
「保管も併せて、任せるとします。取り計らってください」
聖サクレル市国では、政治と信仰を分離する方針を打ち出している。政庁は旧王宮をそのまま使う予定で進めている。襲撃とこちらの逆襲で多少傷んでいる箇所もあるが、最初から作り直すより時間も手間もお金もかからない。
その一方、教会はほぼ基礎からの作り直しが必要だ。完全に破壊されてしまったからだ。
今いる部屋も旧王宮の間借りだ。旧王宮といっても、リリーシュタット王国の新都ベニスラも造営が始まったばかり。王と王妃もここで暮らし、政務を執っている。
「私一人なら、教会に小屋掛けでもして暮らしてもいいんだけれども……」
そこまで言って、ユリシスは口をつぐんだ。それだけは止めてくれと、レビッタントもアリトリオも瞳で訴えかけてきたからだ。
「やはり止めておきますよ。作業の邪魔にもなりますし、催促しているようで気も引けますからね」
流石にホッとした表情を浮かべる二人にユリシスは言った。
「では今後の動きを伝えておきます」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます