第59話 童話

 呼び出されたのはきっかり二日後だった。目の前に座っているのはパントラムとネスター。その後ろには背の高い女性が立っている。


「随分と興味深い話しが出てきましたよ」


 パントラムは心なしか興奮しているようだ。瞳は夢を見る少年のそれに近い。どうやらこの好奇心溢れる性格が彼の本質のようだ。国王に就かなければ学者にでもなっていたのかもしれない。今、彼のもっている観察眼や探究心は国の運営に回されている。

 パントラムが右手を上げると、後ろに控えていた女性が書類を手渡す。どうやら司書の一人らしい。


「ノゲルタントという地名は見つけられなかったが、ノールタルトという似たような名前の土地にまつわる奇妙な話しを見つけましたよ。気になりませんか?」


 そこまで言われて気にならない者がいればぜひ会ってみたいものだ、そう思いながら、ユリシスは首を縦に振る。


「正確な記録ではありませんでした。おとぎ話です」


 パントラムは書類をユリシスの前に差し出す。


「魔王にかじられた街」


 書類の表紙にはそう書かれてあった。


「魔王? 存在するのですか?」


 思わずユリシスは声に出してしまった。


「存在は確認されていませんね。あくまでもおとぎ話ですよ」


 昔々の大昔。あるところに魔王がいた。魔王とは言っても、部下もおらず、使役できる魔物もいない、たった一人の魔王だった。

 魔王は長い間一人で生きてきた。魔法があれば何でもできるし、特にこれと言って不自由は感じなかった。でもどこか虚しかった。

 何でもできる力を持っているのに何もできない。力なんて必要ないではないか。自分の存在が何であるのか、考える日々は続いた。

 そうだ、旅に出よう。出会いがあるかもしれないし、なくてもこんなところに閉じこもっているよりはいくらもマシだ。思い立った魔王はとる物も取りあえず、旅立った。魔法で空を飛べたが、魔王は自分の足で歩いた。空からでは見落としてしまうかもしれないからだ。

 どれだけ歩いたのか、最初は日数を数えていたが、途中で数えるのを止めてしまった。それほどに時間が過ぎた。生き物には行き会えるものの、思いを伝え合える誰かとは会えなかった。

 もう引き返そう。そう決めたとき、鼻に潮の匂いが飛び込んできた。大陸の端まで歩いてきたのだ。丘を越えるとそこには群青の海が広がっていた。

 魔王は魔法で船を作り、大海へと漕ぎ出した。海流と風が船を後押しする。矢のような速さで進む船、頬を撫でる風が心地よい。

 魔王はその心地よさに思わず眠気に誘われ、船の中で寝てしまった。気が付くと、船は岸辺に打ち上げられていた。船を乗り捨てると、魔王は再び歩き始めた。三日ほど歩くと、見慣れないものが見えてきた。街だ。

 魔法は初めて街をみたのだ。嬉しくなって魔王は駆け出した。街に入ると、何かがいた。話を聞くと、自分たちは人間だという。でもどこかよそよそしい。それもそのはずだ。魔王には角が生えていた。牙もある。肌の色も違う。魔王は気付いたのだ。自分はここに住んでいる人間とは別の生き物なのだと。

 それでも魔王は人間と仲良くなりたかった。心を通わせたいと思った。

 でも、それは無駄に終わった。どんなに近づいても、笑顔を振りまいても人間は魔王に振り向いてはくれなかったのだ。

 魔王は最初は我慢した。だが、限界はそう遠くない日にやってきた。人間に魔王の思いは届きはしなかったのだ。

 魔王はついに癇癪を起こした。

 力の限り地面に腕を突き入れると街ごと持ち上げたのだ。驚き慌てる人間たちの姿を見て、魔王は心満たされる思いだった。

 魔王は持ち上げて地面ごと街にかじりついた。そこに住んでいる人ごと食べてしまったのだ。

 魔王は満腹になると、元来た道をたどり、海を渡って帰っていった。

 食べられた人の魂はその地にとどまり死霊となってさまよい続けたという。


 読み終えたユリシスは、ランサにも書類を回す。


「なんだかとても寂しい話しですね。心が締め付けられるようです。でも状況は私たちの体験と符号する。あれはたしかに死霊や怨霊の類でした。私が鎮魂したので確かです」


 パントラムは深く考えているようだ。こめかみに指を当てている。どうやら癖のようだ。


「となると魔王も存在していると考えた方がいいのでしょうか? それとも疫病や災害の寓意?」


 それが分かったところで今は手の出しようがない。


「調査で何か分かればお伝え致しましょう。この件は極秘扱いにしておきます。聖女様にもご自重を」


 ユリシスは頷くと立ち上がった。ランサから書類を受け取るとそれをパントラムへと返す。


「色々とお世話になりました。ご恩は決して忘れません」


 ユリシスがそう言うと、ネスターが革袋を机の上に置いた。


「あげるのではなく、貸すのです。忘れないようにね」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】 

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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