第44話 談笑
「もう気が付いたのですか? 私は気がつくまでに四百年ほどかかった。あなたはたったの三日でここまでたどりついた」
チシキは視線を逸らさない。
「もうここでの授業は終わりです。教えられるのは心構えぐらいですからね。明日からは外にでましょう。今日は終わりにしましょう。いかがです、お茶でも?」
ユリシスにとっては嬉しいお誘いだ。チシキとは色々と話しをしてみたいと思っていたのだ。
日の当たる特等席に二人は陣取る。立っている侍女にチシキはお茶をお願いする。お茶がくるまでは二人とも無言だった。柔らかな日に手をかざしている。お茶には葉の形をしたパイが添えられてあった。なんだかこの街に雰囲気が似ていた。とても繊細で手が込んでいる。
「さっきの無属性の話しの続きなんですけれども、いいですか?」
運ばれてきたパイに手を伸ばして口に頬張る。控えめな甘さが口の中に広がり、とても心地良い。
「無からすべては生まれ、すべて無に返っていく。それぐらいです、私にも分かるのは。長老に聞いてみたのだけれども、長老もそうとしか教えてくれなかった」
概念としては理解できるものの、無からすべてが生じるというのはとても難しく、ユリシスには理解できない。理解できないが、チシキもそう言っているのだから、それ以上話しは進みようがない。どうやらここから先は自分で答えを探さないといけないようだ。
「先生いつか私、探してみます。無って何なのかを。無が有るっていうのも変な話しだとは思っているんですけれども」
ユリシスが笑いかけると、チシキも笑顔を見せる。性別はなくともとてもチャーミングだ。
「チシキ先生は人間界には……」
話題を変えたユリシスに、チシキは首を振る。
「でも知っているわ。過去に召喚されて帰ってきた聖獣たちから話しを聞いたから」
意外にでもないのだが、最初に人間界に行った聖獣は長老ロンドだった。スズモリに伴われていったのだ。人間界で役目を終えた聖獣は消滅すると言われているがそうではなく、ちゃんとこの聖獣の国に帰ってきていたのだ。
「人間界に行ったすべての聖獣に話しをきいたけれども、良く分からなかった。とても平穏だったという者もいれば、戦争と策謀ばかりだったという者もいた」
確かにその通りなのだ。人間は時に強いが、脆く儚く弱い生き物なのだ。平和にしても自然と平和が訪れているわけではなく、政治的な努力の結果、たまたまそういう状態になっているだけの話しだ。維持するのにも多大な努力が必要で、壊すのは簡単なのだ。
「ずっとここみたいに平和だといいのですけど、人間界はそうもいかないようです。私も平和のために力を尽くしたい。でも、その前に戦わなければならない……」
チシキは分かったような分からなかったような曖昧な表情をしてユリシスを見ていた。
「聖女のお仕事は辛い?」
難しい質問だ。辛くない訳ではないのだ。でも、最初から聖女になると決まっていたユリシスは、聖女の仕事が辛いからやらないとか、楽しいから続けるとかいうのとは違うと思っている。それにまだそれほど仕事をしていない。
「分かりません。いつもランサやロボやハッシキに助けてもらってばかりです。どういう仕組で聖女が選ばれるのか分かっていません。何故、私が聖女なのかもわからないんです」
なりたいと思ってなれるものでもなく、辞めたいからと言っても辞められない。不思議といえば不思議だ。一体何のためにある仕事なのか、誰も教えてはくれないのだ。
「気休めかもしれないけれども、貴方は一生懸命にやってるんじゃないかしら? 授業を受ける姿勢からもそれは分かるわ。人間って些細なところにその人の本当の姿が映るものなのよ」
面と向かって言われると何だか面映ゆい。
「私そんなに深刻な顔をして授業受けていましたか?」
中指で頬を軽くつつく。二人から自然と笑みがこぼれた。
正直先はどうなっているのか分からない。手探りで進んでいくだけだ。でもまだまだ短い生涯だし、聖女になってから日も浅いけれども、やってきた足跡は残っている。それだけは確かだし、こうやって勉強して成長している実感も少しはある。
どうせ時間は待ってはくれないのだから、立ち止まらず駆け抜ければいい、ユリシスは多少開き直り気味に、本の表紙を軽く叩いた。
その瞬間、後ろから声が聞こえた。
「ずるい、二人でお茶なんて。私も混ぜてもらっていいですか?」
振り向かなくても分かる。ランサだ。声がなんとなく弾んでいる。ユリシスの隣りに座ると、目の前のお菓子に手を伸ばす。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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