第27話
二十七
夫
昼食の準備をしている途中ふと別の戸棚を見ると、いくつかの乾物類と一緒にコンソメの瓶も置いてあった。おかしいな。沙月は把握していなかったのだろうか。いつも丁寧に整理しているのに。
久々の料理に集中していてしばらく時計を見ていなかったが、気付けばもう一時間近く経っていた。スーパーまでそれほど遠くはなかったと思うが。他にも買い忘れたものがあったのかもしれない。
十五分ほどしたら、沙月が帰ってきた。少し息が上がっている。予想と反して、持っている袋にはコンソメしか入っていなかった。
とりあえず「お帰りなさい」と言うと、少し戸惑ったような声で「ただいま」と言った。
「ごめんね。スーパーでちょうど品切れで、もうすぐ補充するって言うから待ってたの」
「そうかい。いや、こちらこそ謝らないと、よく探したらコンソメあったんだよ。この二つ目の扉のところ」
「あ、そうだったね。すっかり忘れてた。私、馬鹿みたい」
「そういうこともあるさ」
要らぬ労力を使わせてしまった。なるべくこれ以上負担をかけないようにしたい。
「ゆっくりしといてよ。もうすぐで出来るから」
「うん。ちょっと疲れたから横になるね」
沙月はそう言うとリビングのソファに向かった。間もなく昼食が完成して起こしに行くと、かすかな寝息を立てて眠っている。その寝顔をしばらく見ていると、沙月のことがたまらなく愛おしく思えた。沙月をずっと愛していたい。ずっとそばにいてほしい。
もう少し、寝かしておいてあげよう。
妻
沙月が起きたのは正午を少し過ぎたくらいだった。勝廣が作っていたスープが、新たに作られたもう何品かと共に出てくる。
「ごめんね。もっと早くに起こしてくれたらよかったのに」
「よく寝てたから。それにしても随分疲れていたんだねえ。少しうなされてたみたいだけど大丈夫かい?」
沙月は少し焦った。何か余計なことを口走らなかっただろうか。
「うん。元気だよ。こんなに寝ちゃうなんて私のほうがびっくりしてるくらい」
嘘だった。秘密を抱えながらの生活に、沙月は疲弊しきっていた。
「そうか。もしきつかったら、今日のディナーはキャンセルするけど」
「大丈夫よ」
「わかった。それなら良かった。まあ、じゃあそれまではゆっくりしようか」
勝廣が作った料理は、沙月が思っていたより美味しかった。キッチンをふと見ると、よれよれの料理本が、汚れた調理器具の隣に広げられていた。
今は何食わぬ顔をしている勝廣が、悪戦苦闘しながら見栄えの良い料理を作ろうとした光景が思い浮かんできて、沙月の頬が緩んだ。久しぶりに自然に笑ったかもしれない。そんな沙月を見て、勝廣も微笑んでいた。
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