第24話



      二十四


      夫


 また悪い癖が出てしまった。表情も文脈も何もなかった。やはり私の今の言葉は自己満足のままで終わってしまっている。人と心を通わせようという気が、元々私にはないのだろう。

 そもそも私は沙月のどこが好きなのだろうか。なぜ、私は沙月を愛しているのだろうか。昔はそれがもっと明快だった気がする。

 今の彼女のことが、なぜ私はこんなに好きなのだろう。なぜ私は再会した彼女に求婚したのだろう。そこが明確にならないと、私は思い出の中の沙月を愛してるに過ぎないということになる。



      妻


 勝廣に対する複雑な感情に悩まされながらも、それとは関わりなく監視生活は続いていた。いつあの二人の呼び出しがあるか分からず、話す内容にも常に気を遣わないといけない中で、勝廣が家にいるせいで丸一日夫の世話もしなければならない。

 こんな時に限って勝廣は、普段は沙月しかいないリビングのソファに陣取って、よく話しかけてくる。

「普段、俺がいないときは何をしてるんだい?」

 沙月の苦悩もよそに、勝廣は何の屈託もなくそんなことを訊ねてくる。

「別に、普通に洗い物したり洗濯したり。子どもがいないだけまだマシなのかもしれないけど結構忙しいのよ」

「子ども欲しかったか?」

 勝廣の顔が曇り、心配そうにそう聞く。

「いいわよ。結婚してすぐにいらないって言ったのは私でしょ」

「気が変わるってこともあるだろう。まだ全然産める齢なんだし」

「いない方が気楽よ」

 今みたいな状態で、子どもなんて冗談じゃない。

「昔は子ども好きだっただろう。文化祭に遊びに来てた小さな子ども達とも仲良くしてたじゃないか」

「育てるのとは違うでしょ」

「沙月、もう経済的な心配はしなくていいんだぞ。俺がついてるじゃないか」

「そういうことじゃないの。たぶん私には覚悟がないってだけよ」

 全ての会話は聞かれている。沙月は自分の本心もよく分からなくなっていた。ただ自分は罪人であるうえに、得体の知れない男達に脅されている。沙月は今の生活を守ろうとすることだけで頭がいっぱいだった。

「まあ、沙月がそう思うなら、俺はいいんだ」

 どことなく悲しそうな勝廣の顔を横目に見ながら、沙月は子どもの話題など出したことに後悔の念を強く覚えた。



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