第19話
十九
夫
結局、呉谷の捜索に同行することは断った。鈴木には散々詰られたが、いくら何を言われようと、私は感情と勢いに任せて判断を誤りたくはなかった。彼らには言わなかったが、私にとって大切な、護るべき存在は沙月だ。
私が少しでも危険なことに手を出して、彼女を巻き込むわけにはいかない。一市民としてやるべきことはやった。あとはただ平凡な日常を過ごしていくだけだ。これからは昔の友人たちとも少し距離を置くことにしよう。
こうして、私の日常にやっと平穏が戻ってくることになった。かつての友人たちに煩わされることもなく、粛々と仕事をこなし、家に帰れば沙月がいる。
ここ最近、私は色々と昔のことを思い出さなくてはならないことが多かったので、図らずも沙月に対する気持ちを再確認することが出来た。今の私は、もっと沙月との時間を作らなければならない。
妻
ミニバンの助手席側のドアを開いたのは、何の特徴もないトレーナーとチノパン姿だが、その目つきからしてあきらかに堅気ではない男だった。中肉中背で髪の毛は短く刈り込んでいる。奥に見える運転席に座っている男もこちらを睨んでいるが、いずれも沙月が見たことのない人物だった。
「何の用だ」
車外に出てきた男が抑揚の無い声で言った。
「あなたたちのボスに会わせて。話がしたいの」
「あの方はそんなに暇じゃない。大体今何時だと思ってるんだ。こんな夜中に」
「しょうがないでしょ。夫がいるんだもの」
「とりあえず、俺たちで話を受ける。内容を言え」
運転席に座っていた男が外に出てきてそう言った。こっちの男の方が大柄で、いるだけで威圧感がある。
「直接話したいんだけど」
知らない男二人に取り囲まれ、少しは食い下がろうとしたが、結局逆らうのは断念せざるを得なくなった。
「さっきの夫の話は聞いたんでしょ? 呉谷の捜索願いを出したってやつ。それは報告した?」
「ああ、当然だ。東城さんは驚いてたよ。あんたの旦那はこれまでノーマークだったからな」
色眼鏡の男は東城というのか。だが、これで向こうもこちらと話す必要を感じるはずだ。
「どうする気なの?」
「さあ? あの人の考えてることは俺達にも分からん。あんたのこともわざわざ俺達に監視させてるくらいだからな」
「夫には手を出さないで。あの人はそんな深入りするような人じゃないから」
沙月にとって、今やそれだけが気がかりだった。
「生憎だがそれを決めるのは俺らじゃない」
「お願いだから、東城さんに伝えて。何なら私に直接話をさせて」
沙月が頭を深く下げて頼み込むと、大柄な方の男がもう一人に何か耳打ちをした。するとそれまで無表情だった丸刈りの男の、片方の口角が上がった。しかし頭を下げていた沙月は気付かない。
「分かった。そんなに言うならあの人に会う算段を整えてやる。明日旦那が出勤したらここに来な」
打って変わって声のトーンが上がった丸刈りの男を訝しみながらも、沙月にはもう選択肢は残されていなかった。
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