第2話 御園診療所 【2】

翌朝。

レイアのベッドサイドに葵の姿があった。


「ん・・。」


身じろぎすると、レイアが目を覚ました。


「レイア?大丈夫?私がわかる?」


葵に視線を向ける。


「アオイ・・?」


「うん。」


目を細めて微笑んだ。


「先生ー!レイア気がついたよ!」


診察室に向かって声を掛けると御園が入ってきた。


「気が付いたか。どうだ?」


「アノ・・。ワタシ。」


「大丈夫だ。警察には連絡してない。安心しろ。」


ホッとしたのかレイアの顔に僅かだが笑顔が浮かぶ。


「暫くはここに居てもらうが、誰か頼れる人は居るか?」


レイアは首を横にふった。


「そうか・・。」


葵はレイアの手を優しく握った。


「レイア?私はレイアの力になりたい。だから、話してくれる?どうしてこんな怪我を負ったのか。」


「・・・。」


黙り込んでしまったレイアを見つめた。


「レイア。私は絶対に貴女を今の状況から救い出す。それだけは信じて?話したくなったらここに連絡して。」


自分の連絡先をメモしてレイアに握らせた。


「今は身体をユックリ休めて?ね?」


「・・・。ドウシテ?ソコマデシテクレル?」


「レイアをこんな目に合わせた人間を許せないから。レイアには日本を嫌いになってほしくないの、酷いことをする人間ばかりじゃないって知ってほしい・・。」


「・・・。アオイ。」


レイアは目を伏せてポツポツと話し出した。


「ワタシ、ニホンニハタラキニキタ。サイショハ、キッサテンデハタライテタ。・・ソノミセニ、ヨククルオキャクサントナカヨクナッタ。ソレガ、ハヤシダダッタ。」


葵と御園は視線を合わせた。


「ハヤシダ、イッタ。モットオカネカセゲルシゴトアルッテ。」


レイアは目に涙を浮かべた。


「アルベドハマズシイ。スコシデモ、オカネカセギタカッタ。ダカラ、ハヤシダノサソイニノッタ。デモ・・ヤサシカッタノハソコマデ。トテモコワカッタ。モウ、ニゲラレナカッタ・・。」


「レイア・・。」


「ソコニハ、ワタシミタイナ、オンナノコタクサンイタ。ナカニハ、クスリデイウコトキカサレテルコモイタ。」


レイアは一つ深呼吸する。


「シゴト、ニホンジンノアイテスル。イツモ、カンシサレテルカラニゲラレナイ。・・デモ、ガマンデキナクナッテ・・アノヒニゲダシタ。ハヤシダノブカニキズカレタ。」


「わかった。もう良いよレイア。話してくれてありがとう。」


葵はレイアの手を優しく握ったが、内心は怒りに染まっていた。


「アオイ・・。ワタシコワイ。ミツカッタラ、コロサレルッ!!」


「大丈夫。そんな事絶対にさせないっ!!だから安心して?」


優しく抱きしめた。




レイアを落ち着かせて、診察室に戻った。


「・・・。」


「葵、どうするつもりだ?」


「林田の話、神龍会がやらせてると思う?」


「・・・。いや、違うだろうな?多分、林田個人でやってるんだと思う。」


「日本のヤクザの事はよくわからないけど、それっていいの?」


「さぁな?組によって違うだろうが、神龍会の組長は許さないだろうな?」


「そう。神龍会の事務所って何処にあるの?」


「何する気だ?」


「筋を通すだけよ。」


「・・・。一人でか?」


「もちろん。」


内に秘めた怒りをひしひしと感じた。御園はため息を吐くと椅子に座った。


「ひとまず落ち着け。」


「・・・。」


「まぁ、座れよ?」


御園の近くにある椅子に座る。


「警察に任せた方が良いんじゃないか?」


「最終的にはそうだけど、林田に逃げられたら意味がない。」


「一筋縄じゃいかないぞ?それでも行くのか?」


「行く。」


その表情には一切の迷いは無かった。葵の深い瑠璃色の瞳には強い意志が宿っていた。


「わかったよ。でも、無理はするなよ。」


「わかってる。・・・。先生?心配してくれてありがとう。」





✻✻✻✻✻✻✻✻





神龍会、事務所。

大通りから一本裏に入った所に事務所はあった。

駐車場には黒塗りの乗用車が数台停まっている。

入口には防犯カメラが付いていた。

葵は防犯カメラを一瞥すると、ビルの中に入っていった。

一階の入口のドアを開けると、中に居た男達の視線を一斉に浴びる。

事務所の中を見回すとレイアを探し回っていた男が居た。


「何の用だお嬢ちゃん。」


奥に居た年配の男がドスの効いた声で訊ねてきた。


「組長に話があるんですけど、今いらっしゃいますか?」


「ああ?なめてんのか?」


葵の近くに居た若い男が葵との距離を詰めてきたが引くことはなかった。


「居るのか居ないのか教えてもらえませんか?」


「ふざけんなっ!!」


葵の態度に苛立った若い男が殴りかかってくる。

すれすれで避けると、男の腕は空を切り派手に床に倒れ込んだ。

それを見ていた男達が一斉に立ち上がる。


「おい。何のつもりだ?」

「お前どこの組のもんだ!?」


ため息を吐くと、もう一度男達に向き直る。


「私は一般人。何のつもりもなにも、私は一切手は出してないけど?この人が急に殴りかかってきただけでしょ?」


「舐めやがって!おい、ただで帰れると思うなよ?」


男達はドスや木刀を手にした。


「そんなもの出したらこっちも手加減出来ないけど良いの?」


「なめた口きいてられるのも今のうちだぞ!」


「何してるっ!!」


入口のドアが派手に開くと一人の男性が入ってきた。

40代位の精悍な顔立ちの男性だった。


「若頭!こいつがフザけたまねをしたんですよっ!」


葵に殴りかかった男が若頭と呼んだ男性に近付いた。


「フザけた真似をしたのはお前の様に見えたがな?」


「えっ?聞いてたんですかっ!?」


その質問には答えず、葵の前に立つ。

二人の間に短い沈黙が流れたが、男性は頭を下げた。


「うちの若いのが大変失礼しました。非礼をお詫びします。」


「・・・。良いんです。もう、頭を上げてください。」


「ありがとうございます。組長にご用事ですか?」


「はい。折り入ってお話したい事があります。」


「解りました。ご案内します。」


葵を案内するように事務所の奥に入っていく。


「若頭!こんな得体の知れない女を組長おやじに会わせるんですかっ!?」


「お前らじゃ、彼女には敵わないよ。」


男達を一瞥すると葵に視線を向けた。


「どうぞこちらです。」


視線を一身に受けながら事務所の奥に消えていった。

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