【完結】永久を生きる君へ
吉武 止少
永久を生きる君へ
君が死んだ、という電報が送られてきたのはオーストリアへの留学から帰ってくる直前だった。
いつも辛そうにしている君を治すために医師免許を取って最新の医学を勉強したというのに、それは形になった瞬間に無用の長物と化した。
人を救う仕事なんて素敵ね、と笑っていたけれど、僕が救いたかったのは君だ。
他はどうでも良かった。
潰れるまで馬を走らせ、自らの脚を潰す覚悟で走り、飲まず食わずで村に帰ったとき、すでに葬儀は終わり、君の棺は埋められた後だった。
墓石に追いすがる僕に、義両親は何度も謝ってくれた。
君の最後の言葉や、震える手で
本当の家族になれたらと思ってしまう、素敵なご両親だった。
その夜、僕は墓を
腐敗が始まり、生前の面影が消え始めた君を、僕は馬車に隠して逃げ出した。
君はきっと僕を
それで良い。それでも良い。
僕を
僕にもう一度、その視線を向け、声を投げつけ、感情をぶつけてくれるのならば。
僕は、それだけで満足できる。
オーストリアでは多くのことを学んだけれど、一番実感したのは医学の進歩には時間と犠牲がつきものだということだ。
一度死んでしまった者を蘇らせる、なんて研究はそこかしこでやっていたけれど、パトロンからうまく研究資金を騙し取ろうとする
きちんと系統立てられ、積み重ねられた理論の先にある死者の蘇生。その道のりは、果てしなく遠かった。
だから、まずは時間を稼ぐことにした。
村から遠く離れた街に、家を借りた。ひんやりした地下室にベッドを運び込み、君を寝かせる。
腕がべしゃりと落ちて
早速新しいパーツを仕入れにいかなくては。
「こんにちは。初めまして奥さん」
「あら、初めまして。見ない顔ね」
「不躾ですが、相談がありまして」
「あらあら。どうしたのかしら?」
「
「それは大変、見に行きましょう」
道端で出会ったご婦人に声をかけ、陽光に
日を変え、道を変え、相手を変え。
「道を教えてもらいたい」
「宿屋はどちらですか?」
「手伝ってほしいことが」
白魚のような指を。
華奢ななで肩を。
脈打つ心臓を。
整った眉を。
高い鼻を。
膵臓を。
瞳を。
君に似たパーツを分けてもらって、君につなぎ合わせていく。
パーツを揃えるだけではなく、君に合わせてそれを配置して、うまくつなぎ合わせなければいけない。オーストリアで習った外科手術が、こんな風に役に立つとは思わなかった。
「……78パーセントってところか」
何となく面影はあるけれども、瞼の裏で微笑む君の美しさには遠く及ばない。
イライラしてしまう。
ガジガジと噛んでいた爪がべろりと剥がれた。
……手間だけれど、僕の身体もどうにかしないといけないだろうな。
君が元気になった後の事を考えて、庭先に君が好きだった黒スグリの木を植えた。
「おや、珍しい。スグリかね?」
「ええ。妻が好きなんです」
「愛妻家だなぁ。ジャムか何かにするのかい?」
「いえ。そのままにします」
お隣さんとばったり出くわしたので、作業しながら雑談に興じる。
「妻は酸っぱいのは苦手でして、毎年食べるのは一粒か二粒だけなんです」
「なんでまたそんなもんを?」
「これを食べる鳥の気持ちを知りたいって、毎年口をすぼめながら無理して食べるんですよ。可愛いでしょう?」
病魔によって一日の大半をベッドに縛り付けられていた君は、自由に空を飛べる鳥に憧れていた。
力強い猛禽ではなく、スグリを食べにくるような小鳥なのがまた君らしい。
笑いながら話すと、お隣さんもからから笑った。
「アツいねぇ。ま、夫婦仲が良いのは素敵なことさ」
そういうと、一度納屋の方に行ったお隣さんが小さな袋を抱えて戻ってきた。
「家内が買った花の種だ。キンギョソウにロベリア、クリスマスローズと雑多 だが、花は育てておいて損はない」
お隣さんはやや声を潜める。
「花が嫌いな女はいない。どんなに怒らせてても、好きな花を送ればちっとは機嫌が取れるからね」
妙に実感のこもった言葉に、思わず声をあげて笑ってしまった。
庭いじりに家の内装、家具の新調とやりたいことは多いけれども、もっと大切なことがある。
君だ。
君のパーツを求めて、僕はカフェに座って通りを眺めていた。
あの脚はちょっと短い。
あっちのは少し太い気がする。
あれは……くそっ!
せっかく良い形をしているのにくるぶしに傷痕があるじゃないか!
早く取り替えないと君の脚が腐ってしまうというのに。
苛立ちに髪をぶちぶちと抜きながらも、なんとか妥協できるレベルのパーツを見つけたので譲ってもらいにいく。
「そそそそこの! お嬢、さん?」
ただ声をかけただけだと言うのに、無礼にも悲鳴をあげられてしまった。
ボサボサの髪やストレスでひきつった頬をみて、どうやら不審者に間違われたらしい。
……そういえば、小さい頃は君に身なりのことを随分言われたな。
寝癖に靴下の裏表、シャツの裾。
そう考えると、僕の見た目もマナー違反だったかもしれないな。
君に似合う紳士にならなければ。
なんとか追いかけて、きっちり謝罪をしてから脚をもらってきたけれど、何を勘違いしたのか自警団の人間が何人も出てきて僕を追いかけ回してきやがった!
あいつらは粗野で頭が悪く、そして暴力的だ。
なにしろ、ただの医師である僕に向かってろくに話も聞かずに棍棒や斧を振りかざしてきたのだから。
妻の仇だの妹の恨みだのと、訳の分からないことを泣き叫びながら向かってくる姿は間違いなく狂人のものだった。
なるほど、愛する者を失ったのであれば哀しみに心を蝕まれるのはわかる。
でも、そこで諦めて絶望する人間は、それまでの人間だったということでもある。
彼らは諦め、僕は諦めなかった。
それだけのことだ。
僕の仕事は人を――君を救うことだというのに!
頭蓋が砕けて脳が漏れるまで殴り続け、僕を理不尽な
君が元気になったら、もっと治安の良いところに引っ越すべきだろうか。
君のためのパーツを探して街を
同一犯によるものと思われる事件は、被害者のからだの一部を生きたまま切り取られて、どこかへと持ち去られているのが特徴だった。
猟奇殺人。
それも変質的な嗜好の持ち主による犯行だろう。
持ち去ったパーツをコレクションしているのか、
街に貼り出された新聞と、それに付け加えられた自警団員募集の文字を見て、僕は家まで走った。
君は全てが美しい。
女性の一部を持ち去るような変質者ならば、きっと君を見たら全てを奪い去ってしまうだろう。そうなると確信できるほどに君は美しい。
飛び込んだ家の地下室で、君はいつも通り眠るように横たわっていた。
「大丈、夫。君、はははっ、ボくが! まっ、もる、から? ね」
こないだ取り替えたばかりの頬をなで、口づける。
少しだけ不安と
医学が十分に発展し、君が元気になるまで。
僕はずっと君を。
君のからだを。
生かして見せるよ。
からだとともに
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