選ばれし貧乏勇者は、希望の明日の夢を見る。
闇次 朗
ファーストバトル VS 定食屋。
のどかな田園風景の中、俺はいま全力で走っている。腹ごなしを兼ねた鍛錬の為だ。今の俺には武器と呼べる物がこれしかないからで、決して何かから逃げてる訳じゃ無い。後ろから全力で追って来る奴らもいるが、それは彼らなりの理由があるのだろう。俺には関係の無い事だ。
だが、追って来る奴らの中の一人、俺より少し歳上だろうか、亜麻色の髪の毛を両サイドで丸く纏めた二十歳位の可愛らしい女性……先ほど立ち寄った村の定食屋の娘が距離を詰めながら大声で叫んだ!
「あなた、ちょっと待ちなさい、食い逃げ!!」
「誰が食い逃げだ、人聞きの悪い。金はちゃんと払ったぞ!」
逃げてはいないが捕まれば面倒な事になりそうだ。俺は走りながら後ろも見ずに持論を展開した。だがあの娘は全く納得いかないようだ。
「代金が足りないって言ってんのよ!」
「なん……だと。俺は全財産を支払ったのだ、少し位サービスしてもバチは当たらんだろう」
「1000円の定食を50円しか払わなかった奴にサービス云々を語られたくないわね」
「だから水でいいと言ったのに、しつこく『ご注文は?』と言ってきたのはお前じゃないか!」
「商売なんだから当たり前でしょ、ヘリくつ! さあ、いい加減代金を払いなさい」
食事を取った直後から今まで全力で走っていたのと余計なおしゃべりで脇腹が痛くなってきた。どうやらこの会話でとどめを刺してしまったようだ。
「クソっ、やはり戦うしかないのか……」
振り返ると息を切らし肩を大きく上下させる定食屋の娘が背中に背負ったフライパンを構えた。
「とことん払う気無いのね。ここまで5キロ以上走っちゃったじゃない。あなた、逃げ足だけは大したものだわ、でも1円たりともまけてあげない」
「けち」
「どの口が言うかぁ!」
彼女の突き出した左手に魔力が収束していく。
「ファイア!」
彼女の呪文と共に手に収束した魔力が火球の形をとって打ち出された。コイツは炎の魔法使いだったのか。だが飛翔速度は大して早くない。
「当たらなければどうと言うこともない」
走るスピードには自信がある。俺は余裕で火球を躱すとそう呟いた。そんな俺を彼女は鼻で笑うと手元に複数の火球を出現させ、右手に装備したフライパンをフルスイングさせ次々ぶっ飛ばした。魔法を物理攻撃で加速させるなんて、なんて非常識な!
高速で飛来する火球を目で追う事も出来ず、ただ呆然と黒こげになった着弾地点に目を奪われた。
背筋に寒気を感じた俺は、恐るおそる彼女へと視線を戻し呟く。
「お、俺の名前はローン。いずれ王都で冒険者になって大金持ちになる男だ。だだだ、だから出世払いという事でどうだろうか?」
「笑止!」
ちょっとばかり緊張でどもってしまったが、か俺の提案を彼女は一笑に付した。ならば今度は俺のターンだ。
俺は口元に笑みを浮かべると全力で走り出した。
「あっ、逃げるな!!」
「逃げてる訳じゃ無い、疾走こそ最大の防御だ」
そう、俺の戦闘コマンドには逃げるなんて言葉はない。狙いを定めさせないように最大スピードで蛇行しながら距離を取る。大体女の子相手に【戦う】なんて選べる訳ないだろ。当然、戦略的撤退一択だ。
「ちょっと待ちなさいよ、絶対に逃さないんだからね。代金は必ず回収する、じっちゃんの名に掛けて!!」
お前の爺さんなんて知らんがな。そう思いながら全力疾走の防御を続けるローンだった。
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます