転生スライムの復讐譚

オオキケンタ

第1話

ライアル王国の王都、そのとある拘留所にて俺は拷問官たちからの取り調べという名の暴行を受け、やってもいない罪の自白を強要をされていた。


 「お前がやったことはわかっているんだ。このように証拠は出そろっている、さっさと吐いて楽になれ」


 おまけとばかりに、鳩尾が蹴り上げられ体がくの字のように曲がる。先ほどから何度も蹴られているためか、すでに胃の中が空っぽであるため口からは何も出てこない。


 どうして俺がこんな目に合わなければならないのか。理由はわかっている…わかりきっている。俺の上司であるギャバンが自身の罪をすべて俺になすりつけたからだ。


 ことの始まりは数週間前。いつものように職場である商業ギルドに出勤して自分の仕事にとりかかろうとした時、突然ギャバンに呼ばれて奴の部屋に向かうことになった。


 元々は俺の後輩であったが、仕事が全くできないくせにギルドマスターの甥っ子だとかであっという間に出世していき、わずか5年で管理職まで任されている。


 碌に仕事もしていないのに不相応なほど立派な部屋を与えられており、憂さ晴らしのためか、俺のようなパッとしない男性職員を数日に一度は呼び出し、何時間も罵倒し続けるというのが最近の奴の日課となっていた。


 今日もその日か…朝から気が滅入るな…などと考えながら奴の部屋に入ると、今日はいつもと様子が違った。先客がいたのだ。あの制服は…王都の治安を守る憲兵だ。ここ数年ギャバンの黒いうわさは何度も耳にした。ついに年貢の納め時か。ざまぁミロ、心の中で思っていると奴がいきなり俺を殴り飛ばしてきた。


 「ホーネスト!貴様、なぜギルドの信用を貶める行為をした!この裏切り者で卑怯者!死ね!死んで償えこの役立たずのごくつぶしが!」


 殴られた衝撃で床に這いつくばっていた俺を奴は容赦なく何度も何度も踏みつけてきた。状況が全く理解できない。何か誤解があるのかもしれない。弁護しようと必死に頭を働かせようと試みるが、踏みつけられる痛さと怖さでそれどころではなかった。


 意識が途切れそうになるころになってようやく憲兵の1人がギャバンを止めに入る。


 「まぁまぁ、ギャバンさん。仕事熱心な貴方にとって彼のような人間は決して許すことができないのはわかっております。ですが彼にかけられた容疑はまだ確定したわけではありませんし、それに彼のような屑にも裁判を受ける権利はあります。少し落ち着いてはいかがですか?」


 容疑?裁判?何を言っているんだこいつらは。確かに品行方正とまではいかないが、これまでの人生決して人から後ろ指をさされるようなことはしたことがない。きっと彼らは何か誤解している。そのことを伝えなくては。だが体の痛みで声を発するどころか呼吸すらままならない。


 しばらくすると憲兵の一人が急いだ様子で部屋の中にはいってきた。


 「報告します。ホーネストの机から横流しの証拠となる書類が出てきました」


 「報告御苦労。ふむ、確かにこれは動かぬ証拠だな、彼の署名もある。おい!これよりホーネストを第2級犯罪者として収容する。連行しろ!」


 ただでさえ痛む体に縄をかけられ、引きずられるようにして連れていかれそうになる。何とかしなければ。幸い、少しだけ回復したのか今ならしゃべることができそうだ。


 「ま、待ってください!横流しの証拠?俺の署名?何を言っているのかさっぱりわかりません。字を見せてください、俺の筆跡かどうか確認させてください!きっと何かの間違いで…「黙れこの裏切り者!貴様のウソにはもうこりごりだ。よくも今まで俺を…そしてギルドのみんなの騙してくれたな、恥を知れ!」


 そう叫んでギャバンは俺の言葉を遮り、近くにあった分厚い本で俺の頭を思いっきり殴りつけた。意識が遠くなりかけた時、最後に見たのはギャバンの何とも言えない醜くゆがんだ笑顔であった。






 目を覚ますとそこは取調室という名の拷問室であった。


 どうやら俺は、ギルド名義で高額な備品を大量に購入し、それを他所の業者に転売していたらしい。らしいというのは当然俺はそんなことをしていないからだ。その額およそ金貨20万枚。俺のような平の職員が周囲ばれることなくそんなことできるわけがないだろ、普通に考えたら。


 そしてどうやらその『普通』の考えが憲兵たちにはできなかったらしく、その日から血と暴力と拷問にまみれた地獄の日々が始まった。


 ちゃんと調査が進めば俺の身の潔白が証明される、そう自身に言い聞かせて辛い日々を耐えていた。が、出てくるのはこれまた身に覚えのない証拠ばかり。しまいには俺と取引をしたという業者まで現れて、俺の犯行が決定的となった。


 そこまで来て俺はようやく理解した。ギルドも、憲兵も、業者もみんなグルであることを。


 国の憲兵達には毎年商業ギルドから少なくないだけの寄進があり、仲間に引き入れるのは容易だっただろう。業者にも今後の取引を約束したのかもしれない。


 ギルドマスターの甥っ子の不祥事を隠すためなら、俺のようなパッとしない職員の1人ぐらい地獄に叩き落とすことぐらい奴らは気にも留めないはずだ。


 もはや俺の無実を証明することは不可能だ。それでも俺は嘘の自白をしなかった。職を失い、信用を失い、四肢も半分を失った。どの道、俺の無実が証明されたとしてももうまともな人生は歩めそうにない。ならば1人でも多く道連れにしてやると。


 あと数日もすれば俺の裁判が始まる。俺はその日にすべてをかけることにした。奴らの手は裁判所にまで及んでいるとは思うが、流石に裁判という公衆の面前で俺に下手なことをしゃべられるのはまずいだろうと考えたのだ。


 そうして期日が迫った本日、俺からの自白の証言をとることを難しいと考えたのだろう。憲兵達は方針を変えた。


 今日の取り調べはいつもにもましてえげつない。おそらくは取り調べ中の事故として俺を処分するつもりだ。何らかのペナルティはあるだろうが、俺に真実を話されるよりは100倍マシなはずだ。


 唯一の救いはすでに両親は他界し、近しい身寄りがいないことだ。犯罪者の親族として迫害される者はいない。


 あぁ、俺はもう駄目だ。先ほどまで体中痛くて仕方なかったはずなのに、今は全く痛くない。


 俺を助けてくれなかった、俺を殺したこの国のすべてが憎い。あ……もう…死………

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