おいで…

拓夢は、私より先に湯船に入る。


「おいで」


「うん」


拓夢のおうちより広いお風呂。私も湯舟に入る。


「後ろから抱き締めたい」


「うん」


そう言われて、後ろを向いた。拓夢は、私を抱き締めてくれる。


「凄いね!泡風呂」


私は、モコモコの泡を手ですくった。


「凛とは、あんまりゆっくり話さなかったよな」


「確かに、そうだね」


「会ったら、すぐに欲しくなっちゃうから」


拓夢は、私の肩から優しく撫でるように手を滑らせる。


「昔、見た。不倫映画もそうだった」


「わかる!すぐに、しちゃうのな」


「時間がないからかな?」


「かもな!家に帰れなきゃならないわけだし」


私の手に辿り着いて、両手に指を絡ませて握りしめてくる。


「凛は、ずっと一人で戦ってきたんだろ?」


「別に、一人じゃないよ」


「でも、旦那さんじゃ埋められない傷があったんだろ?」


拓夢は、そう言って私の肩に顎をのせる。


「ずっと、私だけ頑張ってる気がしてた。龍ちゃんはね、いつだって、凛のしたいように、凛が望むならって言ってくれたの」


「うん」


「それって、表面的に見たら、私の意見を尊重してるみたいに思うでしょ?」


「そうだね」


私は、拓夢の指を握りしめるように手を握りしめる。


「でもね…。私には、それがどこか他人行儀に思えたの。本当は、龍ちゃんがしたい事を言って欲しかった。もっと、怒ったり泣いたりしたかった」


「寂しかったんだね」


「二人でいるのに、孤独だった。途中で、男女の違いなんだってわかった…。でも、きっと…。それは、わかったフリをしていただけだったんだと思う。だから、私…。今になって、龍ちゃんに抱かれても真っ白になれないんだと思う」


拓夢は、私の手から手を離すと…。自分に引き寄せるように、強く抱き締めてくれる。認めたくなかった言葉が口からこぼれ落ちる。


「私、本当はずっと孤独だった。妊活を始めて、凛のやりたいようにって言われる度に寂しくて寂しくて堪らなかった。どうして、龍ちゃんは、一緒にやろうって言ってくれないのって…。俺もそれを望んでるって言ってくれないのって…。ずっと、ずっと、思ってたけど…。その言葉を飲み込んで笑うしか出来なかった」


私の言葉に拓夢は、私をさらに抱き締めてくれる。


「凛、寂しかったね」


そう言って拓夢が泣いてくれてるのがわかる。


「寂しかった」


あの時の私が顔を出したのを感じる。友達が妊娠していく日々、赤ちゃんの写真や胎動の動画を見せられて…。私の手の中には、何も残っていかない日々。


さっきまで、モコモコだった泡はもう小さくなっていた。私は、あの日みたいにすくいあげる。小さな泡は、指先をすり抜けていく。また、私の手の中には何も残らない気がした。


その手を拓夢が握りしめてくる。

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