試合前

 トラブルはあったものの、レイジ達は目的の場所に到着。


 リムジンから降りたレイジは、目の前の建物を見て唖然としていた。




「デッカー」




 彼の視線の先にあるのは、装甲に覆われた巨大なドームーーー魔導武道館まどうぶとうかんだ。


 魔導武道館。それは多くの魔導騎士同士が戦う場所であり、イベントを行う場所。


 また避難場所としても使われるため、強固な作りになっている。


 中は広く、様々な飲食店もある。




「アニメで知ってたけど、東京ドームの五倍はあるな」




 アニメに出てきた建造物を目にして、レイジは感動していた。


 そんな彼に神楽耶は好奇心に満ちた表情で顔を近づける。


 


「ねぇねぇ~!なんであんな早く着替えられたの~?」




 瞳をキラキラと輝かせて、神楽耶は尋ねた。


 レイジは少し戸惑いながら答える。




「え、えぇ~と……スキルを使ったんだ」


「もう一回やって~!」


「いや、ここは人が多いし……ちょっと無理かな」


「ええ~もう一回だけでいいから~!」


「そう言われても」




 困ったレイジは思わず苦笑する。


 どうすればいいものか、悩んでいると神楽と雪風が歩み寄ってきた。


 レイジは警戒心を強め、目を細める。




「レイジくん~君を今から選手専用の個室に案内するからついてきて~」


「……お母さんとリオお姉様は?」


「部下が観客席に案内する。問題はない」


「そうですか」


「そう警戒しないでよ~」


「それは難しいかと」


「まぁいいよ別に~それじゃついてきて~」




 魔導武道館に向かって神楽と雪風は歩き始めた。


 レイジは神楽耶と共に二人の跡を追いかけた。




◁◆◇◆◇◆◇◆▷




「……すいません。部屋を間違っていると思うんですが?」




 案内された選手専用の個室の中を見て、レイジは頬を引き攣らせた。


 彼の質問に対し、神楽は可愛らしく首を傾げた。


 


「間違ってないわよ~。もしかして~気に入らなかった~?」


「いや、気に入らなかったんじゃなくて……この部屋、豪華すぎません?」




 レイジの言う通り部屋の中はとても豪華だった。


 黄金に輝くシャンデリアに高級そうな机と椅子。


 大きなテレビに床に敷かれた赤いカーペット。


 壁には一つ何百万するだろう絵画がいくつも飾られていた。




「そう?ここはただの王族専用VIP席だよ~」


「王族!?今、王族って言いました!?」


「そうだよ~」


「返事ゆっる!なんで俺をここに案内したんですか!少しでも俺を魔導騎士にさせるためですか?」


「よく分かったね~」


「隠す気ゼロ!いや、なりませんからね」


「……チッ」


「わっるい顔で舌打ちしたよこの人!あの柔らかい笑顔はどこ行った!」


「そんなことよりも私もレイジくんが一瞬で着替えるところ見たいな~」


「急に話を変えたし!」


「あと五分で君の出番だよ~?」


「時間がねぇ~なおい!ここに来た意味あまりないですよね!?」


「うん、そうだね~」


「素直ですね!」


「私もレイジくんが着替えるところ見たい~!」


「神楽耶ちゃんもかよ!分かった分かりましたよ!」




 深いため息を吐いたレイジは、スキル〔装備変換〕を発動。


 一瞬で私服から装甲付きボディースーツへと格好を変えた。


 しかもそれだけではない。


 スーツの上には黒いフード付きジャケットを羽織っていた。そして首には赤いマフラーを巻いている。


 レイジのその姿を見て、神楽耶は瞳を輝かせた。


 


「カッコイイ~!」


「そ、そうかな?」




 女の子に褒められてちょっと嬉しいレイジ。


 頬を掻きながら照れていると、




「レイジ!そのジャケットとマフラー……誰から貰った!?」




 驚いた様子で雪風が尋ねてきた。


 神楽も大きく目を見開いている。


 レイジは戸惑いながら答える。




「えっと……誕生日プレゼントで貰ったんです。両親に」


「両親……」


「そういうことね~」




 雪風は目を細め、神楽は微笑みを浮かべた。


 二人の様子に疑問を抱いたレイジは、首を傾げた。




「あの…どうしたんですか?」


「ううん。なんでもないよ~」


「そうですか……」


「うん。なんでもないなんでもない~。それはそうとレイジくん~。お願いがあるんだけど~」


「お願い?」




 柔和な笑顔を浮かべながら、神楽はお願いの内容を伝えた。




「……冗談ですよね?」




 レイジは盛大に頬を引き攣らせた。


 だが神楽は首を横に振って、「本気だよ~」と言う。




「君なら簡単でしょ~?LV6レイジくん~?」


「!!」




 レイジは戦慄した。


 背筋が凍り、額から嫌な汗が流れる。


 なぜ知っている?


 あの時は誰もいなかった。


 だと言うのに、神楽は知っている。


 どこで知った?どうやって知った?


 頭の中で次々と疑問が浮かぶレイジ。


 動揺する気持ちを必死に抑える彼は、平静を装う。




「……例えできるとしても俺はやりません。メリットがないですし」


「メリットならあるよ~」




 微笑みを浮かべる神楽は、指をパチンと鳴らした。


 すると扉からアタッシュケースを持ったマールとムキナが現れた。


 二人はケースを開け、中身をレイジに見せる。




「こ、これは!」




 驚愕するレイジ。


 それぞれのケースに入っていたのは、巻物だった。


 一つは赤い巻物。そしてもう一つは青い巻物。


 しかもただの巻物ではない。




魔巻物スクロール!」


「正解~♪普通のスキルよりも強力なスキルーーーユニークスキルが手に入る巻物だよ~。私のお願いを聞いてくれるなら上げるよ~。最も~君は断れないよね~?」




 レイジは悔しそうにガリっと歯噛みした。


 神楽の言っていることは間違っていなかった。


 魔巻物はレイジの運命を変える鍵の一つ。


 だが強力かつ希少なため、アイテム屋では買えない。


 大会の優勝賞品として出る代物。


 オークションに出せば、数億で売れる。




「どうするレイジくん~?」




 答えが分かっているのに、あえて問い掛ける神楽。


 良い性格をしていると思いながらレイジは、




「分かりました」




 了承した。


 神楽は嬉しそうに微笑みながら、魔巻物を渡した。




「交渉成立だね~」


「……はい」




 魔巻物を受け取ったレイジは、唇を強く嚙み締める。


 そんなレイジに神楽は顔を近づける。




「うふふ~。じゃあ、よろしくね~。レ・イ・ジ・く・ん~♪」




◁◆◇◆◇◆◇◆▷




 魔導騎士武道館の中には、多くの観客達が歓声を上げていた。


 観客席に囲まれた広大な草原のバトルフィールド。


 その上に浮遊する巨大スクリーン。


 スクリーンに映し出されているのは、次の模擬戦に参加する選手の顔の写真。


 一人は魔導騎士として活躍している若い青年。


 もう一人は幼い銀髪の少年だった。


 意外な挑戦者に観客達は驚きの声を上げる。


 そんな観客達を、VIP席にいた愛花はガラス越しに眺めていた。


 


「レイくん……」




 選手として出る息子を、心配する愛花。


 どうか怪我はしないで。


 愛花はそう祈ることしかできなかった。


 そんな時、部屋の中で一人の笑い声が響いた。


 愛花は眉間に皺を寄せて、振り返る。




「もう!リオちゃん、いつまでお酒を飲んでいるの!」




 彼女の視界には、ソファーに寝っ転がって瓶に入ったワインを飲んでいるリオの姿が映っていた。


 赤いカーペットの上には、大量の空き瓶が転がっていた。


 


「いいじゃないか愛花!こんな酒があったら飲まずにいられるか!」


「だからって限度があるでしょ」


「そんなものは知らん!」


「お願いだから知って!」




 リオは昔から酒好きで、近くにあると飲まずにはいられない女神なのだ。


 自分の契約女神に呆れて、深いため息を吐く愛花。




「まったく……それにしてもこんなすごい部屋を用意してくれるなんて」




 愛花は神楽が用意したVIP席を見渡す。


 豪華なシャンデリアに高級そうな壺や絵画。そしてボールに入った果実やお酒。




「庶民の私には縁がない場所かと思ってた」


「まぁ、それぐらい重要なんだろう……レイジが」


「……」




 愛花は眉を八の字にして、黙り込んだ。


 確かにレイジは普通ではない。


 生まれながら強力な力を持った子供。


 魔導騎士協会が放っておくはずがない。




(きっと神楽会長はレイくんを魔導騎士に)




 将来、息子が魔導騎士になって命を落したら。


 そう思うと愛花は、不安で仕方がなかった。


 自分の胸に手を当てて、ぎゅっと握り締める。


 どうしてこうなったんだろうと愛花が思っていたその時、




『ただいまより、次の模擬戦を開始します。選手の方は準備してください』




 アナウンスの声が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る