第9話【ようこそ一色至上主義の教室へ】

「一色、お前大丈夫なのかよ?」


 学校を後にし、最寄り駅の近くにあるカラオケ屋にみんなで向かっている途中、俺は気になって小声で話しかけた。


「どういう意味かしら?」

「生徒会の仕事に決まってんだろ。てか、その顔でその声のトーンやめろ」


 俺以外のクラスメイトは、5m程度先、軽井沢さんに和気あいあいと横並びにくっついて歩いている。

 そのせいか一色の表情はみんなの憧れ生徒会長! だが、明らかに声音こわねには機嫌の悪さが付きまとっていた。 


「あぁ、そのことね。急な生徒会長としての大事な仕事が入ったからと、副会長にあとは全てお願いしてきたわ」

「転校生と一緒にカラオケに行くのが生徒会長の仕事ねぇ......」


 歯切れの悪い言葉と疑いの眼差しを送ってやれば、嘆息して顔をこちらに向けた。


「如月君、転校生が早く我が校に馴染んでくれるよう協力するのも、重要な生徒会長としての責務。例え他人には遊んでいるように見えたとしても、これは遊びじゃない、業務の一環よ」


 仕事を放ってクラスメイトとカラオケに行くことの正当性を、一色は有無を言わさぬ圧で淡々と説明する。


「――というのは建前で、今のうちに私の邪魔になりそうなあのおっぱいお化けを潰そうと思ってるの」

「やっぱそうなんじゃねぇか! いいかお前、絶対能力使って悪さしようなんて考えるなよ!?」

「随分な言い方してくれるじゃない。目の前で蚊に飛び回られたら、誰だって始末しようとするのは自然の摂理じゃなくて?」

「転校生を蚊扱いか。全校生徒がお前の本性を知ったら一体どう思うんだろうな」

「その心配はいらないわ。バレたらエンジェルウィスパーで即無かったことにするから」

「ですよね......」


 最悪、俺は軽井沢さんに守るためにこいつと刺し違える覚悟を持っておかないといけないようだ。


***


「イエーイ皆の衆! 盛り上がってるかーい!」

逢坂おうさか、調子に乗り過ぎ。軽井沢さんの歓迎会なんだから少しは自嘲しなさいよね」

「なに言ってんだよ、これからが本番なんじゃねぇか。もっと俺の歌を聴けぇぇぇ!」


 通された部屋、8畳程の狭いスペースに男女が4人ずつ、テーブルを挟んで座っている。

 これが俗に言う合コンスタイルというやつか。未成年だからよく知らんけど。


「ごめんね雛子ひなこちゃん。もうわかってると思うけど、あいつどうしようもないバカで」


 大悟とよく夫婦喧嘩しているクラスメイトの相良さがらが呆れつつ軽井沢さんに詫びを入れた。


「いいよいいよ、それに私、最近の曲あまり知らないし」


 カラオケ自体が初体験だという軽井沢さんはまだ緊張こそしているが、大悟を含めクラスメイトたちが歌えば手拍子や相づちをして乗ってくれている。

 俺を生贄召喚したもんだから嫌がっているのかと思いきや、どうやらそういうわけではないようで安心した。


「だったらさ、この曲だったらさすがに知ってるでしょ?」


 名前も知らないクラスの女子がデンモクに打ち込んでいたのは、去年テレビアニメと劇場版がメガヒットし、毎年大晦日に行われる音楽の祭典でも披露された某有名鬼退治作品のテレビ版主題歌。

 確かにこれなら軽井沢さんでも歌えそうだが。


「ほら、早くしないと始まっちゃうよ?」

「ふぇ!? あの――」


 マイクをいきなり手渡され、みるみるうちに顔を真っ赤にしてあたふたと動揺する。

 クラスメイトたちはそんな軽井沢さんを小動物でも観賞するかの如く眺めていた。

 こういうの、やられる方にしてみたらたまったものじゃないんだよな......。


 緊張に呑み込まれ萎縮した彼女に、意外な人物が救いの手を差し出した。

 頭の部分が流れる直前、俺の正面に座っていた一色がテーブル上に置かれたもう片方

のマイクを勢いよく掴み取れば、そのまま歌い始めた。

 唖然とする周囲をよそにやがて曲はサビの部分に突入し、普段全校生徒には見せないような激しく、アグレッシブな表情で歌い上げていく。

 気づけばその場にいた全員、一色の歌声により表現された世界観に見事吸い込まれていた。 

 歌い終えた一色の顔は汗でキラキラと輝きを帯びていて、本域で歌っていたことが窺える。

 しかも息一つ上がらず涼しい顔で済ませるところがまた学園の女帝・一色っぽい。

 

「――うぉぉぉぉぉぉ! 生徒会長すげぇぇぇぇぇぇ!!」

「一色さんプロみたい! MISAに全然負けてないよ!」

「生徒会長の伝説が、また一つここに爆誕した!」

「フフ、ありがとう」


 各々が感想を述べる度、一色の機嫌は徐々に良くなり頬を緩ませる。

 勉強・運動神経も完璧、おまけに歌までプロ並みなんてお前の方が余程才能お化けじゃねぇか。

 

「軽井沢さん、マイクは口元から指二本分放した状態で頂点を下唇に向けて、グリップは中央を握った方がしっかり声を拾ってくれるわよ」

「あ、はい...ありがとうございます」

「良かったら今度は私と一緒に歌ってみない?その方が恥ずかしさも軽減されるわよ?」

「でもご迷惑じゃ......」

「私も軽井沢さんの歌声、聴いてみたいんだけどなー」


 完成された慈しみの微笑みで迫る一色を断れるわけがなく、


「――わかりました、やるだけやってみます」

「そんな力まなくても。せっかくのあなたの歓迎会なんだから、楽しんで歌いましょう」


 軽井沢さんの緊張をほぐすようにクスと笑い、生徒会長と転校生による初めての共同作業が開始された。


 ***


 結局一時間だけの予定が思った以上に盛り上がってしまい、さらにもう一時間延長する

カタチで軽井沢さんの歓迎会は終了した。

 最後の方、二人に触発されたのか、大悟が調子に乗って誰も聴いたこともない趣味丸出しの妖しい歌を唄い始めなければ最高だったのが惜しまれる。


 現地解散したあと、俺は一色の栄養補給のためにみんなと一緒に駅方面へは向かわず、二人で人目のあまりなさそうなこじんまりとした公園にやってきた。

 狭い敷地内にはウサギとクマを模した子供用スプリング遊具二台のみが申し訳程度に設置され、他は水飲み場に公衆トイレと、ギリ公園と呼べるレベル。

 だいぶ陽が暮れてきたこともあり、この場に俺たち以外は誰も存在しない。


「監視お疲れさま」

「サンキュー...って、あっつ! ハァッ!? おしるこ!?」


 敷地すぐ横、格安飲料の自動販売機で購入したおしるこを一色は俺にポイと投げた。

 

「たくさん頭と体力を使ったあとはあんこで糖分補給するのは常識よ」

「じゃあお前がいま右手に持っているその真っ白のペットボトルは何だ?」 

「白あんのジュースよ」

「ウソつけ! どう見たって活きた乳酸菌が腸に効きそうな飲み物じゃねぇか!」

「気に入らないというのなら、エンジェルウィスパーを使ってマムシドリンクの未来に変えるけど?」


 くだらない理由でホイホイとタイムリープしようとするんじゃないよ。

 おごってくれるという言葉に迂闊うかつにも喜んだ私目がバカでした。

 ウサギのスプリング遊具にまたがり、俺はおしるこのプルタブを開けた。

 一色も喉が渇いていたのか、キャップを開けるなりゴクゴクと綺麗な嚥下音えんかおんを鳴らし体内に吸収していく。


「歌、上手いんだな」

「上手いかどうかはわからないけど、ストレス発散も兼ねてたまにヒトカラ行ったりしてるからかもね。その辺のカラオケを個室ラブホとしてしか利用しない連中よりかは自信あるわよ」


 諦めて口に入れたおしるこを思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を手で覆った。


「もしもあのメンバーがハレンチな行為に及ぼうものならエンジェルウィスパーで消し飛ばすつもりだったけど――別に私が参加しなくても大丈夫だったみたいね」

「いや、そんなことはないだろ」


 口の中に僅かに残ったおしるこを飲み込んで、俺は異を唱えた。 


「一色のおかげで軽井沢さんの緊張もほぐれたわけだし、結果として来てくれて正解だったと思うぞ。クラスメイトとして、生徒会長としての仕事を立派に果たしたじゃないか」

「......全自動自立支援型食糧庫の癖に、主の私をフォローするなんて生意気なんじゃない?」


 鼻を鳴らして頬を朱に染めた一色の表情が、本来なら暗くて認識できないところ、公園の外灯によって白日に晒された。

 口を開けば毒しか飛び出して来ない、まったく生徒会長様の本性にも困ったもんだ。

 

「ご褒美として、食糧庫から貯蔵庫にレベルアップさせてあげるわね」

「それ言い方変えただけだよな?」

「素直に喜びなさい、この全自動自立支援型貯蔵庫」


 俺から手渡されたあんぱんのビニール袋を開け、一色は夕飯前だというのにどこか嬉々と食べ始めた。

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