第3話【この素晴らしい能力に祝福を!】

 一色いっしきの食料庫契約を結ばされた次の日。

 どうしても授業の前に直接説明しておきたいことがあるという理由で、授業開始の一時間前に学校へ登校するよう呼び出された。

 いつもより早く起きたのもそうだが、昨日の一色との体育用具室での出来事が脳裏に焼き付いてしまい、寝れたのは結局夜中の3時過ぎ。


「おにぃどうしたの? こんな朝早くに起きて」


 寝不足でだるい体を引きずり玄関でローファーを履いていれば、まさに今起きたばかりと言わんばかりのボサボサ頭にパジャマ姿で、妹の美百合みゆりが階段を下りてきた。


「ん? ああ......ちょっと野暮用があってな」

「わかった、何か悪いことした罰として、みんなが登校する前に教室の掃除をするよう命令されたんでしょ?」

「今時そんなこと言い出す教師いねぇよ。ましてやこちとら高校生様だぞ」


 噂によると平成初期ぐらいまではそういう文化があったらしい。

 モンスターペアレントが人の役に立った数少ない良い事例である。


「俺の分の朝飯もっていいからな」

「そんなに朝から食べられないよ。こっちだってうら若き乙女、JCなんだから」

「自分で言うとおばさん臭さが3割増すな」

「むぅぅぅ、おにぃのいじわる」

「ハハ......んじゃ、言ってくるわ」


 いつものように小型犬みたいな美百合と軽く朝のスキンシップを済ませたところで、俺は玄関を開けて学校へ向かうことにした。


 ***


「遅いわよ」


 集合場所の生徒会室にやってくれば、一色は会長専用の椅子に腰かけ、どこぞの特務機関に所属するグラサン総司令よろしく机の上で手を組んで待っていた。


「悪いな、こちとら高校に入ってから帰宅部一筋で早起き苦手なんだよ」

「どうせ夜遅くまで布団の中で私の胸の感触を思い出して自家発電してた癖に」

「う、うるさいよ!」


 寝つきをよくするための自家発電なんて男子によくある生理現象だろうが!

 ちなみに妄想相手は断じてコイツではないから! 念のため補足!


「んで、こんな早朝に呼び出してまでする話しって何だ?」

「そんなに硬くならないでよ如月君。私たち今日からパートナーなんだから、食糧庫とその持ち主という」

「奴隷契約の間違いだろ! いいから、早く用件を言え」

「早起きが苦手とか言っておきながら、突っ込みのキレは既にトップギアじゃない」


 クスリと笑った一色は、机の上に置かれた、通常の物より一回り小さめのスクールバッグを手に取り、


「早速だけど、話と言うのはこれよ。受け取りなさい」

「???」

「私が説明するより中身を開けて見た方が早いわ」


 一色に促されて中身を確認すれば、そこには大量の菓子パンが、ほぼ隙間なくいっぱいに閉じ込められていた。


「......これは?」

「鈍いわね如月君。さっきまでキレの良い突っ込みをしていた人間とは別人みたい」


 呆れて一色は嘆息たんそくする。


「見てのとおり、それが如月君に食糧庫として持ち歩いてもらう、今日一日分の食糧よ」


 一日分――これがか?

 俺にはどう見ても一週間分の食糧にしか見えないんだが......。


「あなたは食糧庫として私がいつ何時なんどき『エンジェルウィスパー』を発動してもいいように、肌身離さずこれを持ち歩くこと」

「え? 何? えんじぇるうぃすぱー?」

「タイムリープの別名よ。こっちの方が私に相応しい名称だとは思わない?」


 直訳すると「天使のささやき」ねぇ......中二か。


「名前はともかく、こんな荷物を怪しまれず常に携帯するのは流石に無理が――」

「それともう一つ」

「無視かおい」

「肝心な能力発動の瞬間を見せてなかったわね。だから今から実証してあげる」

「実証って......うぁっと! 何してんだよ!」


 一色は棚に閉まってあった、いかにもお高い感じのティーカップを手に取り、そのまま床に落とした。

 地面にぶつかるやそれは見事に割れ、ほぼ原形をとどめていない。


「いい? ティーカップはこのように床へと落下して割れたわね?」

「ああ」

「じゃあ、そろそろ能力を使うわよ」


 そう一色が呟いた次の瞬間、


 ぐ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ 〜。


 俺の視界は突然真っ暗闇に包まれ、意識も彼方へと吹き飛んだ。 


「......君.......如月君」

「っ!?」

「気がついたかしら? ほら、下を見てご覧なさい」

「下? ......っておい!? 嘘だろ......」


 目覚めて早々に一色の指さす方向へと視線を向ければ、そこには割れたはずのティーカップの欠片かけらは何一つ残っていなかった。

 

「どう? これで私が痛い妄想女じゃないことが証明できた?」 


 元の形に戻っているティーカップを再び棚から手に取り、薄っすらと笑みを浮かべた。


「.......ああ、驚いたよ」

「ふふ、素直なリアクションをありがとう」

「いつからこうなったんだ?」

「中学に入学して間もなくの頃だったかしら」


 ということは能力を手にしてもう5年にもなるわけか。


「最初は夢、もしくは誰かにからかわれてるだけなのかと思っていたのだけれど、発動すると今みたいに壊れた物が蘇っていたことで確信したの」


 小芝居地味た口調にわざとらしい間を空け一色は、


「この能力を使って一番であり続けなさい! これはきっと、神様が私に送ったギフトなの

よ!」


 まだほとんど生徒も登校して来ていないような時間をいいことに、一色は高らかに痛々しい言葉で宣言した。

 ――うん、コレはアレだ。

 関わっちゃいけない系の人の香りがプンプンするぞ。


「わかったかしら、私の食糧庫クン? これからの学園生活、何事にもご主人様優先で行動するよう心掛けなさい」


 妄想女の戯言ざれごとに付き合う予定が、どうも時空規模のとんでも案件に巻き込まれてしまいましたとさ。

 ......いや、現実にバグとかマジでいらないから。仕事してくれ神様。

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