第4話 これだからラブコメは…… (1)
夏休み最終日。俺はなぜかジェットコースターのてっぺんにいた。
「おい神宮。だから俺はこういう乗り物は苦手だって言っ……ぎゃーーー」
車体が頂上から一気に落ちていく。景色がビュンビュン後ろに流れ、視界が360度あらゆる方向に回る。
聞こえる叫び声が自分のものであるのかすら分からない。
グルングルンとひねるのが落ち着き、速度がゆるやかになったところで、もう一度神宮に言った。
「俺はそもそも高いところが苦手なんだって」
「きゃははは。助手くん怖がりすぎでしょ。多分いまの絶叫、世界一だよ。これからは『悲鳴の申し子』って呼んであげるね」
「いらん二つ名を俺につけるな」
「『びびりの隠し子』でもいいけど」
なにいってんだこいつ。
そもそもなぜ俺らがここ、遊園地にいるのか。それは俺も聞きたいところだ。
神宮によると「え? どうせ助手くん暇でしょ?」だそうである。
彼女は事あるごとに俺を暇だと決めつけ、連れ出すのだ。
ただ遊んだあとの神宮が事件に挑むと、決まって解決にたどり着く。
だから彼女にとって、これは推理前のルーティーンみたいなものなのだろうか?
まぁそう考えれば、今も遊んでいるわけではなく、探偵業務のひとつなんだと
「ひゃほー。楽しいねー。特に、誰かさんのリアクションを見るのが」
……いや、これは遊んでるだけだな。
「さぁて、ここからがこのジェットコースターのメインだよ。助手くん」
「え?」
そうだ、俺はまだアトラクションに乗っていたんだった。
周りを見れば、ジェットコースターは上を向き、不吉なほどゆっくりと上昇していた。
もう既にさっき急降下したときの高さを超えている。
順調に高度を上げていき、このままずっと上がり続けるんじゃないかなんて事を思い始めた頃、カタンと小さな音を立ててようやく車体が水平になった。
パッと視界がひらけ、テーマパーク内が一望できた。遠くには力強い緑の山々が望める。
ぜひとも写真に取りたいきれいな景色だ。そう思った瞬間、全身に猛烈なGがかかった。体が怒涛の勢いで持っていかれる。
そして――――そこから先の記憶はどこに行ったのやら……。
天国の入り口に立ったような気がしなくもない。
「ぎゃははは。いやーほんとに面白い」
気づくと俺は神宮と並んでベンチに座っていた。どうやら、俺は三途の川を渡らずに済んだらしい。
まだミキサーにかけられたみたいに、ぐるぐると回る感覚が残っている。
「こんなにも良い反応をしてくれるとはねー」
「……そんなに爆笑するか? ちょっと叫んだだけだろ」
お腹を抱え、涙を拭いながら笑う神宮に対し、俺はムッとして返答する。
「いやいや、誰よりもうるさかったからね。耳ちぎれるかと思った」
「そんなに……」
「しかも、『あんなこと』叫んでたもんね」
「え?」
あんなこと? なにを指しているのか、全くもって記憶にない。
おちょくるような声色の神宮に、なんだか分からないが、少し嫌な予感が頭をかすめる。
「俺、なんか言ったっけ?」
「えっ、覚えてないの?」
「……さっぱりだな」
「『まだ、キスもしてないのにーー』って絶叫してじゃん」
「ふぇっ? いや、そんなこと言うわけないだろ。さすがに騙されな……」
あれ? もしかして? この話、本当なのか?
確かに、俺はキスすら未体験の、純粋無垢な貞操を持った高校生だが……。
いやいや、何言ってんだ俺。こんなの神宮の下らないに嘘に決まってるだろ。
落ち着け。覚えていないからって弱気になるな。
たしかあのとき俺は猛スピードで急降下して、レバーを強く握りしめ、死を意識し、はやく終わってくれと願い、そして腹の底から絶叫し、そして、そして、そのとき叫んだ言葉が…………。
「いやー。まさか助手くんの頭が、とんだ恋愛脳だったとはね」
そう言った神宮は、からかう事がよほど楽しいのか、満面の笑みだ。
だがその表情から、嘘をついている雰囲気は一切感じ取れなかった。
まさか真実なのか――――。……認めざる負えない、そう思った瞬間目の前が真っ暗になった。
俺の中のありとあらゆる感情が、絶望へと変わっていく。
すっかり亡者と化した俺に、神宮が追い打ちをかけてきた。
「みんなクスクス笑ってたよ。まったく、隣にいるこっちまで恥ずかしかったんだから。口にテニスボールでも突っ込もうかと思ったよ」
……同感だ。俺もそうしてほしかった。
今からでも、口にテニスボール詰め込んで死のうかな。
「頼むからその話はもう忘れてくれ!」
「はいはい。分かったよ、忘れてあげよう。ところで、よく覚えていないんだけどさ――助手くんってキスしたことないの?」
「ばっちり覚えるじゃねぇか。しかも、なんでそんな嬉しそうなんだよ。ふざけんな」
神宮にこれでもかといじられている間、俺は「お化け屋敷」と書かれた看板を見つけていた。
俺は内心ほくそ笑みながら、神宮に声をかける。
「なぁ神宮、次はあのお化け屋敷にでも行かないか?」
「おばけー? えー。まぁ……別にいいけど」
よし。今の反応を見る限り、神宮はホラー系が得意ではなさそうだ。
それに対し俺は、こういったお化け屋敷の類で怖いと感じたことなど一度もない。
先程いじられた仕返しに、絶好のチャンスである。
俺たちは『わら人形の館』とおどろおどろしい文字で書かれた、古めかしい和風の建物の前に立った。
ツタが全面に覆われていて、いかにも呪われていそうな雰囲気を醸し出している。
受付に並んでいる人は少なく、すぐ入ることができそうだった。
「助手くん、またビビって変なこと言わないようにね」
「まだイジり続くのかよ……」
だがそんなこと言っていられるのも今のうちだ。
あと少しで、神宮の口から断末魔の叫びが聞けるに違いない。
神宮をひとりにして、怖がっているところをおどかすのだ。
「折角だから一人ずつ行こうか」
「え? ひとり……? あぁ、そう……。じゃあ先どうぞ」
神宮が少し驚いたように目を開いたあと、沈んだ声のトーンでうなずいた。
少しテンションが下がっているように見えるのは、おばけ系を苦手としている証拠だろうか。
そこまで落ち込まれると少し心苦しく思うが、俺のことを無理やりジェットコースターにぶち込んだのでおあいこだ。
なにはともあれ、俺が最初に入れるのはかなり好都合だ。
先に進んで、どこか死角となりそうないい位置で待ち伏せできる。
全力でおどかし、金切り声をあげた神宮に必ずやり返してやる。「はっはっはっ、『悲鳴の申し子』に相応しいのは君じゃないのかい?」とでも言ってやろう。
頭の中で策略を練っていると、俺たちの順番がやってきた。
「こちらの扉から、お一人ずつお入りください」
俺は受付の人の指示に従い、重そうな扉をゆっくりと押した。開けるときに、ぎぃと音がしたのも演出だろうか。やはり学校の文化祭なんかとはクオリティーが違うな。
このお化け屋敷は、入ってすぐのところが暗い小さめの部屋になっており、そこにはスクリーンが設置されていた。
「動画をご覧頂いてから、お進み下さい」と書いてある。
なるほど、まずは雰囲気を作ろうってことか。
俺は画面の前に立つ。するとセンサーが反応したのか、映像がスタートした。
不気味な声のナレーションが、恐怖を誘う不穏な音楽と共に始まった。
【館がこの地に建てられたのは、明治時代の末期の頃だった。腕利きの職人が華族の依頼で作ったのだ】
外装を思い出してみると、確かにこの設定とよく合っている。
【あれは真夜中のこと。まだこの館ができて間もないある日に起きた。華族である家の主が、女房そして小さな子どもと一緒に寝室で寝ていたとき、どこからともなく『ゔゔあぁぁー』とうめき声が聞こえてきたそうだ】
ナレーションのバックで、地鳴りのような悲鳴が流れた。
【主人は飛び起きて辺りを見回した。すると、苦しそうに顔を歪めてちぢこまる子どもの姿が目に入った。『おいっ、どうした。大丈夫かっ』 焦りにかられ、主人は何度も声をかけた。『お、お父さん。あの、足が……』 主人が子供の足を見ると】
へ、へぇー、なかなか怖いじゃないの。
だがさっきも言った通り、俺はお化け屋敷などのアトラクションを怖いと感じたことなど一度もない。
いや、そうすると今回が初めてか。
ん? 初めて? この単語が、少し頭に引っかかる。
あれ、俺ってそもそもお化け屋敷に行ったことあったっけ? 突然不安に襲われ、必死になって過去を思い返していく。 ……ない?
このとき俺は、人の記憶がいかに不確かであるかを思い知った。
【その後、この館は様々な持ち主を転々とした。だが、ひとり残らずわら人形へと姿を変えたと伝えられている。そして持ち主のひとりがこの俺だ。ほんの好奇心で買ったが最期。今、俺は足から順にわら人形へと変わっているところだ】
ぎゃー、怖い怖い怖い怖い。これが人生初のお化け屋敷とか心臓に悪すぎるって。
冷静になってみれば、ナレーションを喋ってた人が今まさにわら人形化しているとと全くもって意味の分からん状況だ。
普段なら、ツッコミのひとつやふたつ入れるところだろう。だがそんなことを考えている余裕なんて、今の俺にある訳がない。
ナレーションが畳み掛けるように言葉を継ぐ。音楽もより不吉な曲調になっていた。
【呪いの館を買い取った日のことを、俺は心の底から後悔している。もしあなたがこの館に足を踏み入れようと言うなら、やめることを強くすすめる。今ならまだ間に合う。俺のようになる前に……。あなたに選択肢があるうちに……】
まだ間に合うらしい。やめます、やめます、やめます。
俺は慌てて引き返し、逃げ出そうとした。
【スクリーンの横にございます通路へお進み下さい】
「あなたに選択肢ある」って言ったじゃん! もうヤダよぉ。
【速やかにお進み下さい】
分かりましたよ!
やはりセンサーがあるのだろう。立ちつくす俺に、急かす画面が表示された。
冷や汗がたらりたらりと背中を流れる。心臓がバクバクと大きな音を立てるのが分かった。
手が震えるのを抑えながら、俺は恐る恐る足を踏み出していった。
まず最初に目に入ったのは、吊るされた大きなわら人形だった。ゆらりゆらりと不気味に揺れている。
他にも苦しそうな悲鳴が流れたり、わら人形の首の部分が飛んできたりなど逃げ出したくなるような怖い細工がたくさんあった。だがそれらは全て機械仕掛けだった。
人に驚かされないのか。これなら耐えられそうだな。そう思った瞬間のことだった。
ぎゅっと後ろから服の袖口を掴まれた。
突然のことにビクッと肩が跳ねる。
息が止まるような恐怖で、全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。倒れ込まないようにするので精一杯だった。
後ろで俺の袖を掴んでいるのが本当は神宮だったというのは、後になって知った。
だがすっかりパニックになった俺に、振り向く勇気などあるはずがない。
「ねぇ、どうせなら……一緒に行こうよ」
今ここで後ろを振り返っていれば、顔を赤らめて上目遣いでこちらを見る神宮と目があっていたというのは、後になって――――ずっとずっと後になって知ったことだ。
しかし残念なことに、今の俺はまともな思考ができる状態ではない。
声の持ち主が誰であるかなんて、一切気付かなかった。ただ迷走した脳で、先ほど耳に入った言葉を思い返していた。
――――ねぇ、どうせ(死ぬ)なら……一緒に
ギ、ギャーーーー、出たーーーーーー。
こうして俺は、本日2回目の天国訪問を果たしたのだった。
(つづく)
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