第6話

ケリーは荒く鼻息を吐き出すと、素晴らしい手捌きで準備を進めて行く。

薄ピンクの髪はゆるふわカールにする予定を、ストレートにして一つにまとめ上げた。

そして髪を結ぶ事で自然と目を吊り上げていく。

ドレスはフリルやリボンが付いているものから、トリニティが持っているものの中で一番シンプルでタイトなドレスを選んだ。

清楚で大人しい感じならば、元のフリフリ可愛い系でも問題ない事にも気付かずに準備を推し進めていく。

ケリーが「ふぅ……」と額を拭った。トリニティは鏡の前の自分を見て頷いた。

『完璧』である。


「ケリー……貴女天才よッ!」

「私もそう思います! でも、お嬢様にそう言って頂けて嬉しいです」

「わたくし、頑張ってくるわ……!」

「はい! 程よく印象に残らないように頑張ってきて下さいねぇ」

「えぇ! 程よく印象に残らないように全力を尽くすわ」


ーーーこの時はまだ何も気づいていなかった。

ケリーはあざとく頭の回転が早い訳ではなく、ただのド天然だったことも。

そして、ダリルに関するケリーデータが間違った情報だという事も。

そしてモブへの最短ルートを目指したことで、ダリルを含めてトリニティの周囲のキャラクター達の性格が変化してしまう事も……。



「はじめまして、ダリル・テ・エルナンデスです……」

「はじめまして、ダリル殿下。トリニティ・フローレスですわ」


至って普通に顔合わせは始まった。

今のところ不安だったダリルへの執着心も、異常な愛も生まれていない。

むしろゲームよりも小さくなった分、母性本能を擽ぐる可愛らしい少年の姿に危ない気持ちを抑えている。

ダリルは恥ずかしそうに顔を伏せた後、此方にチラリと視線を送っている。


(あの冷たい俺様ダリルからは想像出来ないくらい大人しくて可愛らしいのね)


ふと、ダリルの後ろから凄まじい圧力と悪寒を感じて身震いする。

容赦ない殺気にハッとすると、目付きの悪い男が値踏みするように此方を見ている。

視線に耐えかねて『どうにかしろよ』との意味を込めてダリルに問いかけた。


「あの、後ろの方は」

「いつも……私の側にいてくれるマーベルです」

「……どうも」


確かトリニティを断罪したのも証拠を集めたのもこの男……マーベルである。

マーベルは常にダリルの側にいる。

ゲームでも眉間に皺が刻まれていてシャープな目付きの強面だったが、実物を見るとかなり迫力がある。

あまりの圧に引き攣った声が漏れた。


(こっわ! マーベル怖ッ!!)


そんな時にルンルンでワゴンを引いてきたケリーが紅茶を用意した後に、トリニティの斜め後ろに待機する。

柔かな笑顔を浮かべていたケリーはマーベルの視線に気付いた瞬間、顔が般若のように険しくなる。

珍しく不細工な顔をしているケリーを見て口元を押さえた。

マーベルとケリーの視線がバチバチと音を立てて戦っている。


「……」

「……」


(さぁ始まった! 両者一歩も譲らず平行線の勝負……おっと先に視線を逸らしたのはマーベルか!? しかし横目でケリーを睨みつけているッ! ケリーも負けじと睨み返していくぅーー!)


「あの、トリニティ様」

「……!」


勝手に実況中継をしながら盛り上がっているとダリルに声を掛けられて小さく肩を揺らした。


「えっと、トリニティ様の……好きな、花はなんですか?」

「え……?」


いかにも誰かに言えと言われたかのような、ありきたりな質問である。

昔のダリルは『泣き虫ダリル』と呼ばれている程に気弱な少年だったそうだ。

これは乙女ゲームでダリルがヒロインに語った内容である。

将来、俺様になるダリルが、幼い頃は泣き虫なんて萌えるじゃないかと思ったものだ。

そう思うとマーベルの過保護な態度も頷ける。

程よく印象に残らないように、ありきたりな返事をしようと思っていたが、此処である秘策を思いつく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る