第28話 ブックマン③
(……そうかよだんまりかよ。いいぜぇ、だったらよー)
(そっから引っ張り出してやらーっ)
爆発は
「そうだ風太君。キミは言わばひとつの惑星だ。もっと燃やしなさい、キミの真ん中をたぎらせろ」
マグマのさらに奥の底、風太を風太たらしめる精神の核が眩い光を放ち出し、天窓から入る太陽光を押し返すように輝きを増していく。
【
(すごい、これは想像以上だ。さあ、キミのその引力で【双石】を呼び覚ませ)
自らの熱に浮かされた風太の意識は
風太の輝きに【双石】が触れた。その瞬間、石のように沈黙していた【双石】から突如として物語が溢れ出す。
声の限り、自分の存在を主張するように。無我の風太はその全てを受け入れ、我がことのように魂に刻んだ。境界は取り払われ、ひとりと1柱のジンが渾然一体となって世界に泡沫の光を投げ放つ。
自然、白紙のグリモアが風太のそばに舞い上がった。風太の核に刻まれた【双石】を写し取るように、体から湧き出す白銀のジンがグリモアに神の存在を記していく。
どこから来て、何を託され、どこへ行くのか。人間の体と心を介して神の物語は神性文字(ヒエログリフ)へと変換され、その光が閉じる頃には本へと収束されていた。
風太の内にこもるように光は消えていき、再び部屋に静かな日差しと暗がりが戻った。嵐の去った髪は心なしか、まだ発光の余韻を残している。
「……っ」
グリモア化、その一部始終を初めて目にした
「風太君、すごいです。【双石】はキミの手でグリモアになった」
茄子は風太の背中にあった手を、その足元へと向かわせた。床には藍鼠色に染まったグリモアが横たえている。
「さあ、どうぞ」
グリモアを拾い、風太に差し出した。
「……【双石】を、俺が」
風太はグリモア化で憔悴したようで全身で息をしていたが、差し出されたグリモアを認めると手にしていた
「あいつんことがよぉ、頭に流れ込んできたんだ。いや、頭にっつーか、よくわかんねえけど。あいつの生まれてからこれまでをなぞるみてえでさ」
羊皮紙のざらついた手触りや重さをじっくりと味わいながら、風太はこぼした。
「【双石】だけじゃねえ。白狩背の歴史みてえなのがぐわっと俺を飲み込んでよ。そこで紡がれてきたもんとか、想いっつーのかな。そういうのの一部になった感覚だった。……俺のぱっとしねえ生活があの流れの中にあるって思うと、なんか悪くねえよな」
グリモア化は神との対話を通してその物語を紐解き、ジンを用いて本に綴る。【双石】を本にする過程で、小さな湧き水が川となり上流から下流にその川幅を広げていくように、風太は遠く遡って里のこと、【双石】のことを知った。
そしてその営みの中で自分にバトンが渡されていることを改めて強く実感したのだった。
そんな風太の様子に茄子は口端を上げた。どうやら若いブックマンは神の記憶に触れ、何か感じるものがあったらしい。
「これが【双石】のグリモアかー」
「必要なときに、必要なだけ読めるようになりますよ」
「……ここにあいつがいんのかー」
不思議そうにグリモアを見つめる風太に向かって、茄子は深く頷いた。
人々の思念からなる神という不確かな存在。それを本、すなわち情報体に変換することで、その存在を確固たるものとして世界に落とし込むのだ。
神を宿した本をグリモア、情報化した神自体は神性トークンと呼ぶことが多い。中にはグリモア化していない神をつかまえて神性トークンと呼ぶ者もいて、特にナノンにその傾向が強い。兎にも角にも【双石】は【双石】という独立した情報体となり、クロの支えがなくとも世界に存在し得る形となった。
「だから言ってんだろー。あんたらと話してると脳みそとろけちまうってよお」
「全てを理解する必要はないんです」
茄子はそう言いながら風太が肩に引っ掛けていた妙鉢を譲り受けた。気のせいか、妙鉢から密やかな気配のようなものが消えていた。
「もう、こいつは【双石】じゃねえのか?」
「【双石】の本質はグリモアに移りました。これは言わば【双石】の残滓です」
その残滓にも使い道はある。濃淡はあるが神の特性が定着しているため、タリスマンと呼ばれる魔具になるのだ。
「風太君も見ているはずです。風を纏う短剣や火を吹く槍を」
タリスマンは主にリュカオン向きの道具だ。リュカオンはヒュームほど神と内在的に繋がってはいないためグリモアを扱えないものの、神の抜け殻に宿った力を行使するくらいにはジンを操れる。
取り込んだDNAにもよるが、向上した身体能力と相まってタリスマンは飛躍的にリュカオンの戦闘能力を上げてくれるのだ。
その一方、信仰という精神的活動の途絶えたナノンにおいてはグリモアも、タリスマンさえ使うことは叶わない。
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