【書籍化】お前は強過ぎたと仲間に裏切られた「元Sランク冒険者」は、田舎でスローライフを送りたい

ラストシンデレラ

01:あなたの力は国を滅ぼしかねない



 共に戦って来た仲間に武器を向けられるとは夢にも思わないだろう。

 

 魔法で背後から打ち抜かれたルークは、あまりに唐突な裏切りに動揺を隠せなかった。


「これはどういうことなんだ。ここでお別れってどういう意味だ。何でお前達が俺に、武器を向けるんだ」


「腹に穴を開けられてもまだ口を開きますか。流石は『Sランク』ですね。国が討伐対象に選ぶのも頷けます」


 無様に地べたを這いつくばるルークの前で、仲間――いや、かつては仲間だった4人の影がこちらに武器を向けていた。




 この日、ルーク率いる冒険者パーティは国からとある依頼を受けていた。なにやら森の奥地で出現した竜を討伐して来て欲しいとのことだった。


 しかし、待っていたのは竜ではなく、無数の兵士達。


 何事だと剣を引き抜いて構えたルークの背中を、あろうことか彼の仲間が魔法で打ち抜いたのだ。


 胴体が千切れそうになり、腰から下に力が入らなくなる。唐突な奇襲、それも仲間からの攻撃を受けたルークは地面に倒れてしまう。


 それを冷たい目で見下ろす仲間達。

 ルークは混乱して頭がどうにかなりそうだった。


「ずっと一緒に戦って来たルークを……、この手で殺めることはとても心苦しく思います。どうか、許してください」


「許す筈がないだろ。訳を、話してくれ」


「訳もなにも、この結果はルークが化け物だったからというだけです」


 淡々と言った聖女――リーシャは膝を折ってルークの前に屈んだ。


「国が保有するたった一人のSランク、それがルークです。あなたが剣と魔法を振るって来たお陰で、国の民は魔物という脅威を忘れることは出来ていますね。ですが、魔物の数が減ってきた昨今、次の脅威となるのは誰でしょう」


 子供に言い聞かせるように言うリーシャ。聖職者である彼女の言葉は自然と聞き入ってしまう。


 確かに魔物による人畜被害は減ってきた。それはルークが来る日も魔物を倒して来たからだ。その為にルークは剣を振るってきたのだ。


 次の脅威とリーシャは言った。

 それを斬るのもルークの役目だ。その筈だった。


「国は、その脅威をルークであると決定しました」


 ルークは顔をしかめる。


 驚いたのではない。仲間に武器を向けられた今の状況から、なんとなく察することは出来ていた。しかし仲間の口からはっきりとそれを言われ、酷く落胆したのだ。


「たった1体で国を亡ぼす竜、それを一人で討伐出来てしまうルーク。これが意味するところのつまりは、あなたが国を亡ぼす力を持っているということ」


「それがどう、したってんだ」


「つまりです、ルークが気まぐれを起こせば、簡単に国が滅亡するということなのです。分かりますか、分かりますよね?」


「俺が……、そんなことをする筈ないだろう」


「ええ、少なくとも今は。私もそう思います。ルークはいつだって弱い者の味方でしたから。しかしです、未来のことは誰にも分かりません」


 感情を伴わない淡々とした口調、無表情でリーシャは続けた。


「これ以上、ルークが力を付ける前に。私達の手で処理することの出来る今だからこそなのです」


 リーシャは背筋を伸ばし、手にする聖剣をルークに向けた。


「ふざけるな――――ぐぁッ!?」


 ルークが反射的に手を伸ばすと、突如として体に重圧が圧し掛かった。体中に返しの付いた鎖が巻き付き、強制的に力が吸い取られる様な感覚に襲われる。


 拘束魔法。

 それもかなり高等なものだ。


 これを行使出来る魔術師を、ルークは一人しか知らない。  

 

「おっと、聖女に襲い掛かろうとするとは。常に弱き者の味方であったお前さんも堕ちたものだな」


 オルトラム。


 ルークのパーティメンバーで数多の魔術を操る大賢者。ルークに魔法を教示した師匠でもある老人だった。


 彼が使う魔術はどれも高度な物で、腹に穴を開けられたルークではその拘束魔法を振り払うことも出来ない。


「うぐッ……! ぐぐぐぐぐぐ!」


 ギリギリと鎖の締め付けが強くなる。


「お前は強過ぎた、ということだな。分かったのなら大人しくしろ」


 顎に蓄えた立派な髭を撫でながら、オルトラムは謳う様に詠唱を続ける。拘束魔法の威力が増していき、ルークは真っ黒な血を吐いた。


 悶え苦しむルークの姿を見て、オルトラムにべったりと張り付いている精霊が指差して嘲笑う。


「きゃっはは。Sランクが情けなーい。本当は弱いんじゃないのぅ?」


 長く世を生きて来た精霊とは思えないほど、子供のように無垢で無邪気な笑い方だった。心底、今の状況を楽しんでいるように見える。


 オルトラムは精霊の頭を撫でてなだめる。


「これこれアラウメルテや、ワシの魔法を前にしたら誰でもああなるのだ、笑うのは可哀想だろ」


「ふふ! そうねぇ~、じゃあ我慢するわぁ」


 堪えられないとばかりに口を手で押さえるアラウメルテ。溜息をこぼして頭を掻いたオルトラムは、横にいる小さな子供を一瞥し、小声で『やれ』と命令する。


「わ、分かりました。師匠」


 一歩と踏み込んでルークの前に来たのは少女。


 1年程前に、ルークのパーティに加わった女の子で名前はエル。空の様に鮮やかな青色の髪が特徴の小さな見習い魔法使いだった。


「あ……ああ、ルーク、様」


 だが、エルはまだ13歳の子供だった。魔法の師であるオルトラムに命令されようと、ルークを殺めるということに怯えが見て取れる。杖を強く握りしめた手はブルブルと震えていた。


「……っ。覚悟してください。る、ルーク様」


 これも、オルトラムなりの指導なんだろうなとルークは思った。人を殺めさせることで、魔法使いとして一歩成長させるつもりなのだろう。


 何事にも動じない精神が大事だと、かつてオルトラムが言っていた気がする。ただ、肝心のエルは今一歩覚悟しきれていないようだった。


「く……、うぅ……」


 大粒の涙を流しながら、杖をルークへと向けている。いつまで経っても魔術が使用される気配がなかった。


「エル。何をやっているのですか?」


 穏やかな口調でリーシャがエルの肩に手を置いた。


「…………ぅ」


 エルが口を結んで顔を向けると、リーシャは視線を促すようにルークを指し示す。そして表情に笑みを張り付けたまま言った。


「エル、見てください。ルークのこの虚ろな目を。お腹に空いた穴から血液が漏れて、顔が青白くなっています。早々にこの苦しみから、解放してあげるべきではありませんか?」


「でも……、でも……」


 それでもエルの目尻から流れる涙は止まらない。今まで世話になったパーティのリーダーを殺すという役目は、エルにはまだ荷が重かったようだった。


 頭を手で押さえ嘆息したリーシャはオルトラムに視線を向ける。


「私でいいですね?」


「構わん。さっさとやれ」


「では……」


 エルを後方へ退かせ、リーシャは聖剣をルークの首元に当てるとそのまま振り上げた。一度だけルークと目を合わせる。


「ルーク、何か言い残すことはありますか?」


「お前達を、信じていたのに」


「そうですか」


「ちくしょう」


 仲間達の一連のやり取りを見て、ルークは精神的に疲労していた。どうやらルークを始末するというのは、仲間達の総意でもあるらしい。誰も止めようとはしなかった。


 エルこそ覚悟は出来ていなかったものの、杖をこちらへ向けて来たというのは、彼女もルークを殺すことに賛成しているのだろう。


 ルークがギルドに登録し冒険者になってから10年。数えきれないほど魔物を殺して来たし、それだけ仲間も多く失って来た。


 だからこそリーシャを、オルトラムを、アラウメルテを、エルを、大切にしようと思っていた。


 その仲間達に今、殺される。 


「せめて安らかに」


 言ってリーシャは剣を振り落とす。

 

 その最中、ルークは小さく言った。


「覚えていろ」


 ルークの首が転がった。

  


 

 

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