ナギサと渚沙

花宮零

第1章 起

「ここは……どこ?」



 目が覚めるとそこには、自分の部屋の天井ではない、全く知らない部屋の天井が広がっていた。起きて場所を確認しようと思い体をのけぞらせると、全身に鈍い痛みが走ったので再び横になる。見える範囲だけで判断すると……病院、なのだろうか。カーテンの付いたベッド。無機質な壁。そして何より、点滴。部屋には知らない女の人がいた。看護師だろうか。


「あ、目が覚めたんですね!ナギサさん」


 ナギサ?ナギサって誰?私?……私の名前って、何だっけ。


 思い出せない。名前だけではない。自分の

年齢、出身、家族、友人。そもそも家族や友人がいたのかさえも覚えていない。

 息が苦しい。目の前が真っ白になる。激しい頭痛が私を襲う。私は誰?私は、私は……


「うわああああああああああああああ」

「ど、どうしましたか?大丈夫ですか?早く先生を!」



 先ほどの女性が医者を呼ぶために非常ボタンを押す。やはりここは病院なのだと、何故か私の脳は恐ろしく冷静に判断した。


「すぐにお医者さんが来ますから、安心してくださいね」


 正直、そんなことはどうでもよかった。何故病院にいるのかわからない。でもここにいることに不思議と違和感もない。まるでここに来ることを予知していた様な……


「お待たせしました。ナギサさん、目を覚ましたんですね。良かった。容態は?何があった?」

「先ほど彼女が目を覚ましたのですが、名前を呼んだら叫びだしてしまったので、私がボタンを押しました」

「そうか、ありがとう。……少し席を外してくれ。彼女と二人で話すことがある」

「わかりました。では失礼します」


 そう言って彼女は部屋を出ていった。この人、医者にしては結構若いのではないだろうか。見た限り二十~三十歳くらいだと思う。医者と言われて私は、初老を迎えたようなおじいちゃん先生が来ると思っていたのだが、これは私の医者に対する偏見だろうか。


「ナギサさん。まずは目が覚めて本当に良かった。医師の坂西柊夜さかにししゅうやです。私はここで精神科医をしています。どうぞよろしく」


 精神科医?外科医でも内科医でもなく?ますます謎が深まる。私は何故精神科病棟にいるのだろうか?


「それで、ナギサさん、……」


 『ナギサ』という響きに違和感と頭痛を覚えた私は、勇気をもって切り出した。


「あの……」

「どうしましたか?」

「『ナギサ』って、私の名前ですか?」

「そうですよ。もしかして……。他に思い出せないことは?」

「全てです。自分の名前から、年齢、出身や家族、友人の存在……」


 言っているうちに涙が溢れてくる。全てを忘れてしまったことを、いやでも実感してしまう。


「やはり解離性健忘の可能性が高いな……。確定ではないからあとでペーパーテストを受けてもらおう。ちなみにカナダの首都は?」


 ……何故この医者はそんなことを聞くのだろう?


「…オタワですよね?」

「正解!じゃあ今度は経済から。需要側ではなく供給側を重要視した経済政策は?」

「サプライサイドエコノミクス」

「また正解!じゃあ今度は化学から……」

「ちょ、ちょっと待ってください。この質問に、意味はあるんですか?」

「ああごめんごめん、君は頭がいいからどんなもんかと思ってさ。しかし解くスピードが速いな。尊敬するよ。それに君の今の症状も分かった」


 頭が「いいと聞いたから」ではなく頭が「いいから」。何故この医者は自分が知っているかのように言ったのだろうか。考えすぎかもしれない。それに今彼が言った私の症状も気になるので、今の思考は忘れることにしよう。


「どういうこと、ですか?」

「私の判断だから、詳しいことはちゃんとテストしないとわからないけど…。君は今、解離性健忘、簡単に言うと記憶喪失状態にある。しかしすべてを忘れたわけではなくて、特定の事物の記憶について、スッポリと忘れてしまっているわけだ」


 記憶喪失?わからない。わからないことだらけだ。それは記憶喪失のせい?……知りたい。このまま何もわからないのは嫌だ。でも、知るのも怖い。でも、でも……


「…先生、教えてください。私は何者なのか。私に何があったのか。その全てを」


 先生(私はこの時から、彼を『先生』と呼ぶことにした)は少し考えてから、


「…わかった。辛くなったら言ってね」


と言って次のような内容を語ってくれた。



 まず、私の名前は藤堂渚沙とうどうなぎさ。年齢は十五歳。中学三年生。出身は神奈川県で、家族には父母、それに四歳上の兄と二歳下の妹がいるらしい。話によると両親は医者で、兄は遊び人ながらも何でもこなしてしまういわゆる天才肌。私はその兄と互角の知識を持っていて、習い事としてピアノをやっている。妹は容姿端麗で、彼女の持つ天性の演技力を買われ子役をやっているらしい。


 驚いたのは、この後の内容だった。


 結論から言うと、私は学校から飛び降り、自殺未遂で十日間、気を失っていた。それが、私が外科でも内科でもなくここ、精神科にいる理由だった。そしてこれからの内容は全て、私自身が書いた遺書に記されていたものである。


 

遺書


 このように自分勝手に先立つ私をお許しください。と、始めたいところですが、私には続く気がしません。ですから、私がここに記したいことを、私自身の言葉で記そうと思います。

 この遺書には、私がこの自殺に至った経緯を書くことにします。本当は家族や友人への今までの感謝を仰々しく並べ立てるのが正しい遺書だと思いますが、今はそんな気持ちも湧きません。私はたった今自殺をしようと思い至り、そのまま死のうとしていましたが、辛うじて残っていた理性が生きた印を残せと囁きかけているので、仕方なく今に至る理由を、一本のストーリーとしてここに残してやろうと思います。

 私は、自分で言うのも可笑しいですが、医者の父母、頭脳明晰な兄、容姿端麗な妹を持ち、私自身その兄と互角の知識を持ち、人々からも慕われる。ある人からは好かれ、ある人からは妬まれ嫌われる、そのような存在だったと思います。だから恐らく大半の人が羨むような人生だったでしょう。しかし私は、自分のことが好きではありません。友達を多く求めるわけでもないのに、周りに嫌われるのが怖くていつも笑顔を振りまき、自分でも気づかぬうちに壁を作る。その生活の連続。疲労は勿論罪悪感も大きかったのです。そんな自分に嫌気がさしていた時、さらに追い打ちをかけるようなことが起こりました。兄が、彼女を合意なく妊娠させてしまったのです。この事件は、私が今に至るのに色濃く関係してしまったのです(色恋沙汰だけに。笑えませんね)。

 彼女には私と同い年の弟がいました。彼と私は今年同じクラスでした。彼が私に告白したのは兄の事件があった直後でした。私は、彼が兄のしたことを恨み、彼のお姉さんと同じ目に遭わせようとしているのだと思いました。しかし告白は断れませんでした。断ったら私の想像した最悪の事態が今すぐに起こってしまう気がしたからです。しかし、彼は本当に私が好きだったらしいのです。それは後から友人に聞きました。心底驚いた私は、彼の気持ちに応えることに専念しようと思いました。しかしもう遅かったのです。彼は、私が兄の一件によって彼と付き合い、怯えていることに気が付いてしまいました。そして今日、私は彼の家に連れ込まれ、最悪の事態が起こりかけました。私は無我夢中で彼の家から逃げ出し、今こうして学校の屋上で遺書を書いているとわけです。


 どうやって死のう。今私の頭の中にあるのはそれだけです。今日の一件で私の心は音を立てて壊れました。生きる気力なんてものはもうなく、死だけが私を誘惑しているのです。もし神様がいて、私の願いを一つだけ叶えてくれるのだとしたら。


今までのことをすべて忘れ、新しい人生を歩みたい。

さようなら。

            藤堂 渚沙

 


「これが、渚沙ちゃんの今まで」


 いつの間にか渚沙さんから渚沙ちゃんに呼び方が変わったことは気にするべきなのだろうか。

 ……正直、実感がわかない。なんだろう、テレビで殺人事件のニュースを見た時のような、衝撃は受けるのにどこか自分には関係ないと思うようなあの感覚。まあ、決定的な違いは、これは紛れもなく自分事であるということだけれど。


「内容を掴めていないところ申し訳ないのだけれど……。君は、この後どうやって過ごしたい?」

「……どういうことですか?」

「今渚沙ちゃんは意識を戻した。記憶は失っているけれど日常生活にあまり支障はないと思う。でも君は現に自殺未遂者でもある。家庭環境や学校での人間関係の崩壊に耐えきれず自殺を図った君が、この後また同じ生活に戻ってうまくやっていけるかと言ったらそういうわけではないと思う。又自殺を図るかもしれない。今度は助からないかもしれないし、もっと重い後遺症で苦しむかもしれない。でも、生活はしていかなければならない。渚沙ちゃんは、どうしたいと思う?」


 そこまで考えていなかった。確かに私は記憶こそ失っているが意識は取り戻した。もう少し心身ともに回復したらまた日常生活に否応がなく引き戻されることになる。私はどうしたらいい?どうしたい?正直頭が回らない。どういう選択肢があるのか。先生はどういう道を考えているのかもわからない。どうするのが一番正しい?


「……正直、今の私には自分の今後のことは考えきれません。それに、自分の過去もまだ受け入れきれていません。ただ、今後を決めなければいけないとは思います。先生は、私にはどのような選択肢があると思いますか?」

「そうだね。例えば祖父母の家で暮らしてみるとか、中学校を転校するとか。後は……」

「何ですか?」

「これはあくまで一案だが、幸い今は夏休み。だからとりあえず夏休みの期間は私の家に泊まり、日中は勉強もしつつ、ここ精神科病棟で働く。……といっても研修みたいなものさ。記憶もないからその原因を探すためにも、まずは君自身が自分の状態について学ぶ。まあ、これは本当に一案でしかないから却下でも何でも……」

「すごく良い案だと思います」

「え、本当に?こんな三十三歳のオジサンと夏休みを過ごすんだよ?」

「私は全く気にしません。むしろ先生から色々と教えてもらって記憶を取り戻すのが一番良いと思います。ただ……」

「ただ?」

「先生、家族はいますか?奥さんとか、はたまたお子さんとか」

「渚沙ちゃん、その心配は野暮だよ。幸か不幸か私は独り身だよ」

「そうなんですね。良かった」

「親御さんには私から話しておくよ。今日は荷物を届けてもらおう。君はまだ病み上がりだから、ゆっくりしておいてくれ。いずれ君の家族が見舞いに来ると思うよ」

「本当に、ありがとうございます」

「気にしないでくれ。私の案なのだから。私は仕事に戻るが、何かあったら看護師に伝えるかそこの非常ボタンを押してくれ」

「分かりました」


 先生が出ていく。決まったはいいものの少し動揺している。これから先生の家に泊まる。と言っても先生のことは信用しているし、私の記憶喪失の原因も含め色々と学ばせてもらえる。こんなチャンスはまたとない。しかし、家族はどう思うだろうか。さすがにこのような状況であるとはいえ十五歳の娘が三十三歳の男の家に泊まることを許すだろうか。それとも、自殺しようとした親不孝な娘のことなど、もうどうでも良いだろうか。


コンコン。


 不意にドアのノック音が聞こえた。誰だろう。


「どうぞ」


 少し間があってからドアが開く。そこには百八十センチはあるのではと思うくらい背の高い、若い男の人がいた。


「渚沙!目が覚めたって、柊夜先生から電話があったから駆けつけたんだ。どうだ、調子は」

「……あの、私のお兄さん、ですよね。こんなことを聞いて本当にごめんなさい。私、自殺のショックで記憶を失くして……」


 兄であろう人物の顔色が、私の発する一言一言で青ざめていった。


「渚沙、俺のこと覚えてないのか?」

「うん、ごめんなさい」

「そうか……いや、辛いのは渚沙だよな、うん。よし。自己紹介だ。俺は藤堂優輝とうどうゆうき。お前より四個年上の兄貴だ。東京大学に通ってる一年生。後は、何だろう。あ、好きな食べ物はカレーだ」

「ありがとう。私、お兄さんのこと何て呼んでた?」

「優兄ちゃんって呼んでた。今もそれでいいよ。変えられると違和感あるし。」

「じゃあ、優兄ちゃん」

「改めて呼ばれるとちょっと気まずいな」


 実の兄と分かっていても緊張する。一方で安心感も大きい。血のつながった家族に、意識が戻ってから初めて会った。それだけで涙が出そうになる。優兄ちゃんになら、一足先にさっき決まったことを伝えてもいいかな。


「優兄ちゃん、あのね……」

「なあ渚沙。意識も戻ったし、今日にでも家に帰って来いよ。お前の妹の百合香も心配してるし。それにやっぱり家が一番良いだろ」

「ごめん、優兄ちゃん。私、とりあえず夏休みの間は担当医の先生の家に泊まることにしたの。それで私が記憶を失った原因を探るためにここで色々と教えてもらうつもり」

「お前、それはやめておけ。いくら医者とはいえ男の家に泊まるのは……俺みたいな男だったらどうするんだ」


 言ってから、優兄ちゃんははっとした表情になった。私の遺書の内容を思い出したのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「ごめん。でももう決めたことなの。もし何かあったらすぐに連絡する。それに、今家に戻る方が私にとっては危険な気がするの。だから……」

「分かった分かった。渚沙がそこまで言うなら止めないよ。ただ、もしものことがあったらすぐに言ってくれ。渚沙の携帯に俺の番号が入ってるはずだから。後で百合香も来ると思う。その時に渚沙の荷物を持たせるよ」

「ありがとう」


 優兄ちゃんは少し考えこむようにしてからこう呟いた。


「俺は、渚沙が自殺を図って倒れて、遺書を読んで、本当に今更だけど心の底から自分の行いを悔いたんだ。自分のその最悪な行為が相手だけでなく妹まで苦しめていた。それが俺にはすごく辛かった。だから女遊びもやめたし妊娠した彼女とはもうすぐ結婚する予定だ。……望まれない結婚と出産かもしれないけど、彼女の子は俺の子でもあるし、大切に育てたいんだ。だから早く仕事も見つけて子育て頑張るつもり。まあ、こんなこと渚沙が聞いてもクソ兄貴ってことに変わりはないだろうけど、一応伝えたかったんだ」


 どうやって反応したら良いか分からない。でも、何か言わなければと思い、私は言葉のピースを集めて優兄ちゃんに伝える。


「そっか……私には当時の記憶がないからその時優兄ちゃんにどんな感情を抱いていたかは思い出せない。でも、自分でしてしまったことに責任をもてるのは誰にでも出来ることではないと思う。……自殺未遂の妹からの言葉に説得力ないだろうけど」


 優兄ちゃんは目に涙を浮かべながら力なく笑う。そこに全ての感情が表れていた。

「じゃあそろそろお暇するよ。俺も勉強したり仕事探したり、まあ色々とやることがあるからな。あ、そうそう、百合香は昼前には来ると思うよ。それまでに荷物の話しておくから、必要なものとかあったら連絡してくれ。じゃあな。お大事に」


 そう言って優兄ちゃんは病室を後にした。少し不思議な気持ちになる。全く記憶がないのに、ずっと前から知っているような感覚がする。……兄妹だから当たり前なのだけれど。

 妹の百合香ちゃんが来る前に、先生の家に泊まるのに必要な物を連絡しなければ。幸い近くにメモ帳とボールペンがあったので拝借する。何が必要だろうか。

 服、ノート三冊、筆記用具、メモ帳、パソコン、本数冊、携帯の充電器、ぬいぐるみ。

 こんなものだろうか。ノートや筆記用具、メモ帳は、先生から教わったことを書き留めるのに欲しい。パソコンは、教わったことをレポート形式にまとめたいと思ってリストに入れたが、果たして持っているだろうか。もし持っていなかったら諦めよう。ぬいぐるみは少し幼い気もするが、あった方が落ち着く気がする。このリストをスマートフォンに打ち込んで送信すれば完了なのだが、私のスマートフォンは一体どこにあるのだろう。看護師さんや先生に聞けば分かると思うが、そんなことのために呼ぶのは申し訳ない。この部屋を少し探してみるか。


 案外すぐに見つかった。私の最低限の荷物がベッド脇にある小さなテーブルの上にあり、そのうちの一つにスマートフォンがあった。早速連絡をしようと立ち上げてみる。スマートフォンの使い方は覚えているのに、連絡先に載っている名前は見ても思い出せない。全員知らない人の連絡先のような気がして少し気持ち悪くなる。しかしそうも言っていられないのでタ行の欄から藤堂百合香を探す。高崎、千葉、寺永……


「あ」


 そこに百合香ちゃんの連絡先があった。アイコンは本人なのだろうか。あどけない顔で笑う少女の写真だ。こんなにも可愛い少女が自分の妹という事実が、未だに受け入れられない。彼女とのトーク履歴を見るのは少し怖かったので、メールで送ることにした。いざ打ち終わり、送るとなると緊張する。えいと送信ボタンを押すと、スマートフォンの画面には「送信しました」という無機質な文字が表示されるだけだった。その無機質さに、私の心は少し助けられた。後は彼女を待つだけだ。


 メールを送ってから一時間ほどで百合香ちゃんはやって来た。走ってきたのだろう、息が少し上がっている。


「お姉ちゃん!良かった。目が覚めなかったらどうしようって、この十日間ずっと不安で……」


 言いながら涙を流していた。本当に心配してくれていたのだろう。私まで泣きそうになる。


「来てくれて本当にありがとう。……私、自殺のショックで記憶を失っていて、百合香ちゃんのこと覚えてないの。私、百合香ちゃんのこと何て呼んでた?」


 少し驚いた顔をしてから、声をあげて笑った。頬に出来たえくぼが可愛さをひきたてている。


「お姉ちゃん、私お姉ちゃんから『百合香ちゃん』なんて一回も呼ばれたことないよ。百合香って呼んでたから今もそう呼んで!変わると違和感あるから。それにしても百合香ちゃん……」


 と言ってまた笑う。百合香ちゃん呼びが相当面白かったのだろう。私もつられて笑う。


「百合香って呼んでたのね。そういえば百合香のアイコンって百合香本人だよね?すごく可愛いよ。それに子役もやってるんだよね、本当にすごい!」


 そう言うと、百合香の表情が歪んだような気がしたが、気のせいだろうか。


「今度出演してるドラマとか見せてよ。何回も見るから」

「う、うん!もちろんだよ。そういえばお姉ちゃん、お医者さんの家に泊まるんだって?家に帰ってこないのが残念だけど、しっかり治してから帰ってきた方がいいもんね。たまには遊びに行くからね!」


 流石に中学一年生の妹は兄のような心配はしないらしい。それが私には少し有難かった。


「あ、これ荷物ね。本とかぬいぐるみとか、お姉ちゃんが好きだったやつを選んできたけど、もし他にも欲しいのがあったらいつでも言ってね。すぐ届けに行くから!」

「ありがとう。……百合香は偉いね。子役として頑張ってる中、学校にも行って。私とは大違いだよ」

「そんなことないよ。無理しないで、お姉ちゃんのペースで記憶を戻せたらいいね。応援してる」

「百合香に言われると心強いよ。ありがとう。百合香も無理しないで頑張ってね」

「ありがとう。じゃあ荷物はここに置いておくから。ゆっくり過ごしてね。お大事に!」


 そう言って彼女は病室から出ていった。


 看護師さんが届けてくれた昼食を食べたり、百合香が持ってきてくれた本を読んだりしながら先生の仕事が終わるのを待った。本の中には恐らく優兄ちゃんや百合香が買ってくれたであろう新しい本が何冊かあったのでそれを読んだ。自分を取り巻いていた環境については全く覚えていないのに、あいにく本の内容は覚えているので新しい本は有難かった。


 本を読み終えた途端、再び全身に痛みが走った。

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