そうね、やっちゃって

「どうしようどうしようどうしよう…」

「ルウシェ、落ち着いて」


 アーノルドがレイナード様について行って早くも三日、私は再びミエーテル公爵家を訪れていた。


 三日、三日だ。もう三日もアーノルドが帰って来ない。

 もういっそのことノロワレール侯爵家に乗り込もうか?とも何回も考えたが、婚約を解消して間もないのだ、元婚約者がのうのうと顔を出せるわけもなく、こうして頭を悩ませている。


「ねえ、ルウシェ。気になってたんだけど、君とレイナード殿の婚約は本当に解消したのかい?そんな一方の勝手な言い分で婚約を解消できるとは思わないんだけど…」


 ギュンター様の言葉はもっともだ。家同士で結ばれた婚約である。本来であれば双方の同意を持って、書類を交わして婚約解消と相成る。

 だが、私達の婚約関係は少々特殊だったのだ。


「私が『奇人令嬢』と呼ばれているのはギュンター様もご存じでしょう?」

「それは…ああ…」


 ギュンター様は微妙な顔をして渋々と頷いた。


「ノロワレール家は、そんな私と婚約を結ぶ代わりに、万一レイナード様がこの婚約を白紙に戻したいとお考えになった場合…私の意に関係なく婚約関係を白紙に戻せる権利を有しておられるの」


 私の言葉に、ギュンター様は絶句した。


「な、なんて不誠実な婚約関係なんだ!君を軽んじるにも程がある!!」


 目を怒らせて憤慨するギュンター様。私は、自分のためにここまで怒りをあらわにしてくれることが素直に嬉しかった。明らかにアンバランスな婚約関係であったが、私の両親はそれでも婚約できるのならと契約書にサインをしてしまったのだ。


「そうですね、婚約解消と言われて、私はまた両親を泣かせてしまうと必死で縋り付いたのですが…はぁ、まさか不貞を働かれていたなんてね…」

『それも一人だけではないぞ』

「アーノルド!!」


 不意に頭上から降ってきた言葉に、私は勢いよく顔を上げた。

 そこには甲冑を着て腕組みをする黒髪の騎士の姿があった。その身体は半透明で、宙にフヨフヨと浮いている。


「~~~んもうっ!!あんなに引き止めたのに行ってしまうんですもの!酷いです!三日もどこに行っていたのですか!」

『レイナードとか言う馬鹿のところに決まっていよう』

「………なにも、してないですよね?」

『案ずるな、まだ生きておる』

!?ちょ、ほんと何したんですか!!」


 ツーンとそっぽを向いて反省の色がないアーノルドに、私は噛み付くように捲し立てる。ギュンター様がぽかんとその様子を眺めているが気にしない。まずはアーノルドがこの三日何をしていたのかを聞き出さねば。恐ろしくて本当は聞きたくないけれど。


『夜な夜な悪夢を見せては安眠の妨害をし、ちょいと金縛りで身動きを封じ、少し部屋の物を揺らしてビビらせただけだ』


 悪夢に金縛りにポルターガイスト…!睡眠不足な上に怪奇現象にも悩まされ、きっと小心者のレイナード様はげっそり痩せこけているのだろう。ざまあない…げふん、呪い殺していなくて安心したが、このままではレイナード様の体力も気力も限界だろう。


「…ん?あなた、さっき一人だけではないって言いましたよね?どういうことですか?」


 ふと先ほどのアーノルドの言葉が気になり、尋ねてみた。そしてすぐに問うたことを後悔した。


『あの男はカサンドラとかいう小娘だけでなく、これまでにも数人の女子と一夜の関係を持っていた。仲間に協力を仰ぎ調べたから間違いないぞ』

「んなっ!?」


 なんということだ。レイナード様がそんなに女性関係にだらしがなかっただなんて。


『あの男は不誠実過ぎる。ルウシェ、お前にふさわしくない。こちらから婚約破棄してしかるべきだが、あの愚図はあろうことか自ずからお前との婚約を解消すると言った。その結果お前を傷つけ、お前の両親を泣かせた。如からば我が呪い殺してやろうというわけだ』

「そうね、やっちゃって」

「ルウシェ!?」

「はっ!ダメダメ!そんなことしてはいけません!」


 あまりの素行の悪さに私はうっかりGOサインを出しそうになったが、ハッと我に返って慌てて首を振った。アーノルドは不満げに唇を尖らせている。


『いいのではないか?あの男に愛情はないのであろう』

「うぐっ…そ、それとこれとは別です!好きじゃないからと言って呪い殺していいはずがありません!」

「ま、待って待って、ルウシェ、君はレイナード殿のことを好いていなかったのかい?」


 アーノルドと言い合いをしていると、ギュンター様が戸惑った様子で口を挟んできた。


「え…ええ、婚約自体も家同士が決めたことですから、それに従ったまでです。むしろ素の自分を偽った付き合いでしたので、もう息苦しくて息苦しくて…それにレイナード様って確かに見目麗しいのですが、キザなところがあって、手紙でポエムを送られた時にはもう鳥肌ものでした。思わず暖炉の火に焚べてしまいましたもの」

「そうだったのか…僕はてっきり、君はレイナード殿に惚れ込んでいるのかと…」


 「そうか、よかった」とブツブツと独り言を言っているギュンター様。どことなく嬉しそうにしているが、何がそんなに嬉しかったのだろうか。さっぱり分からない。


「とにかく!もう戻ってきてください。これ以上、レイナード様の健康を害することは許しませんよ!」

『承知しかねる』

「なんで!?」

『ふむ、我はそれなりに怒っているのだ。大事な主を軽んじる彼奴きゃつのことをな。それに怒っているのは我だけではないのだよ』

「え?どういうこと…」


 話を戻してアーノルドに帰ってくるよう訴えるが、アーノルドはなかなか首を縦に振ってくれない。それどころか何やら不穏なことを言い出した。


『ルウシェを慕う他の霊たちがえらく立腹していてな。取り憑かないようあの男には呪を施しておいたが、恐らく今頃は屋敷を荒らしまくっているだろう』

「なーーーっ!?」


 なんということだ!私のために彼らがそんなに怒ってくれるだなんて、とても嬉しい…じゃなくて、今頃ノロワレール家は大騒ぎになっているのではないか?

 顔を真っ白にしてふらつく私をギュンター様が支えてくれる。会釈で感謝の意を伝えると、ギュンター様は徐に口を開いた。


「ルウシェ、何が起こっているかは分からないけど、何か大変なことが起きてるんだね?僕も着いて行くから一緒にノロワレール家へ行くのはどうだろう?」

「ギュンター様…でもそんなご迷惑をおかけするわけには…」


 正直ギュンター様のご提案は大変嬉しく心強いものだ。だが、私情にこれ以上巻き込むわけにも行くまい。


「迷惑だなんて、全く思っていないよ。僕はルウシェのことが大切だからね。君が困っているなら手を差し伸べるし、君が一人で立てないのならば喜んで支えるよ。だから遠慮なく頼って?」

「ギュ、ギュンター様~~~~!!」


 私はなんと素晴らしい友人に恵まれたのか。

 ギュンター様の優しい言葉に思わず涙もちょちょぎれる。私はギュンター様からのありがたいご提案に乗ることにし、アーノルドも入れて三人でノロワレール侯爵家の様子を見に行くこととなった。

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