若隠居と嵐の孤島(2)

 小島は三日月のような形をしており、その湾の中に入ると、驚くほど波が穏やかに凪いでいた。小島のほとんどは山になっており、湾に面した一部が砂浜になっている以外は、切り立った崖になっているそうだ。

 その砂浜の真ん中に船が付けられるように人工の桟橋が作られており、船はそこに付けられた。

 見たところ、誰も人影はない。

 砂浜と山の境目辺りに小さい小屋が一軒建っていたが、戦争前はこれ以外にも小屋が数軒あって、ラドライエ大陸とエスカベル大陸の交易場となっていたそうだ。今も残っているのは管理人が常駐していた小屋で、戦争を機にここは無人島となって、お互いが領土と主張しながらも手を出せず、原則的に緊急事態以外は立ち入り禁止となっているそうだ。

 緊急事態とはまさにこんな嵐や船の故障のことだ。

 船に乗客と船員と半分の冒険者を残し、船長と冒険者の残り半分は船を下り、島に上陸した。

 濃い魔素が満ちていることに、冒険者たちは経験から気付いて、警戒を露わにしていた。

 そんな彼らと一緒に、とりあえず船の周囲から探ることになったのだ。

「あの管理人小屋にだけ、真水の湧く井戸があるんだが……」

 少し心配そうに船長が言う。

 ダンジョン化しているらしいというのは、皆に伝えるという以前に、気付いた冒険者が声高に叫んでしまって知れ渡ってしまっていた。だから、乗客に勝手に船を下りて散策するなという注意は、反対意見のひとつもなく聞き入れられたのだけがありがたい。

「真水が出るかどうかは大きいですからね」

 僕は言いながら、周囲に注意を払っていた。

 短い坂道の上に立つ小屋は風化した木製の小屋だが、一応、屋根も壁もドアも健在だった。そのドアが軋みながら開くと、テーブルが三つとカウンターがあり、一番奥に井戸があった。

 石を積んだ円柱形の井戸で、井戸の上に木のフタがある。滑車はなく、足下のロープ付きの桶を使って水をくみ上げるようで、水面がどの程度かはわからずとも、重労働になりそうな予感がする。

 船長がひょいと井戸を覗き、安堵したような声を上げた。

「ああ。水は涸れていない」

 飲み水として変質していないかどうかは別問題だが、言いながら船長が汲み上げた水を視ると、真水と出たので改めて、安全だと告げた。

「ふむ。水の心配はこれでせずに済むか」

 チビが言い、冒険者チームが続ける。

「嵐が過ぎ去った頃を見計らって、ここを脱出すればいいんだろ。その間の食料なら、船の備蓄や、最悪でもこの島の動物や魔物で何とかなるだろ」

「この間のボウフィッシュもあるしね」

「干しておいて良かったなあ」

 安堵したような雰囲気が広がる中、その辺に残った紙や本を見ていた僕と幹彦だったが、隣の管理人の居住用の部屋だったとおぼしき部屋へ入った僕は、それを見つけた。

「前任者かな」

 それに、皆がぞろぞろと部屋を覗き、悲鳴をこらえたり足を止めたりした。

 冒険者をしていて骸骨に悲鳴を上げるのは、新人以外にいないだろう。

 木の椅子に深く座った姿勢の遺骨は、男性用と見られる古ぼけた衣服を身につけていた。

 そばに膝を突いて、軽く手を合わせてから見る。

「頭蓋骨の形状からして、男性。頭頂部と歯の摩耗具合から見て、年齢は三十歳半ばから五十歳前後。死因は不明。死後、少なくとも……十年以上」

 ほかに遺留品と言えば、膝の上に本のようなものがあったので、指の骨を折らないように気をつけながらそれを取り上げ、開く。

「日記帳か」

 皆が興味深そうにこちらを見るので、終わりの方から読んでみた。

「最後のページは……はあ?」

 素っ頓狂な声が出て、全員が軽く目を見張った。

「どうした、史緒」

「いや、最後のページが遺書になっているんだけどね。とんでもないことが書いてあるもんだから。

『ようこそ、呪いのダンジョンへ。この遺書を読んでいるということは、仕掛けが上手く作動したのだろう。帰れない絶望を思い知るがいい。そうして、故郷を思い、恨みながら、朽ち果てろ』」

 それを聞いていた皆は、一拍置いて、

「はあ!?何だって!?」

と異口同音に声を上げた。




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