若隠居の迷宮大作戦(3)
とりあえずその液体を水で洗い流し、念のために外へ出るかとエレベーターの方へと歩き出した。
「自分たちでやったんじゃないの?」
「いくら何でもそんなことしませんよ。そもそも、そんな実とか知りませんから」
彼らは言いながら、まだ匂いが残っているんじゃないか、魔物に今にも取り囲まれるんじゃないかと怯えたように辺りを見回していたが、どうにか無事にエレベーターに辿り着き、一緒にゲートを出て協会のカウンターへ報告に行った。
すると、話を聞いた職員は表情を硬くした。
「無事で何よりです。実は最近、初心者を卒業したあたりの探索者の未帰還事故が連続しているんです。調査をしたものの原因は見つからなかったのですが、これかもしれませんね。どこかにそんな植物が生えているんでしょうか」
そこで、不意に液体をかけられていた探索者が声を上げた。
「思い出した! そう言えばその前に二人組とすれ違っただろ。その時、背中に何かが当たったような気がしたんだよ」
それに全員が一瞬置いてから口々に非難する。
「じゃあそいつらがやったのか」
「何でその時に言わないんだよ!?」
「だって、木が生えてただろ。だから、木の実が落ちてきたんだと思ったんだよ。濡れたりした感じがその時はわからなかったから」
「何て悪質なイタズラだよ、畜生!」
僕も幹彦も、近くに潜むようにしていた二人組を思い出していた。
「それはどんな人でしたか」
職員が訊くのに、彼らは勢い込んで口々に答える。
「男だった」
「大学生くらいかな」
「もうちょっと上じゃないか」
「むしろ下なんじゃ」
だが、よく覚えていないらしい。人の記憶なんてそんなものだ。意識していなければ細部まではっきりと記憶できず、着ていた服の色、めがねを掛けていたかどうかすらもあやふやになることはままある。
幹彦が助け船を出すように言う。
「そいつら、どんな装備だったか覚えてるか。色は」
彼らは真剣に記憶をたどりだした。
「えっと、黒っぽい?」
「剣は持ってた。特に片方は、俺と似たような剣だなって思ったから」
「俯き加減で、黒っぽい格好だったとしか覚えてないな。くそ」
僕と幹彦は頷きあった。
「たぶんそいつだと思うけど、二人組の男が近くに潜んでいるのを、向かう途中で見たぜ」
「二人ともよく見る黒い防具と剣で、片方がバッグを斜めがけにしてましたよ」
職員も僕たちも周囲を見回し、それに該当しそうな風体の探索者が多いことにうんざりした。
黒は汚れが目立たないと、特に防汚処理をした高いものをまだ買えない中級以下の探索者には利用者が多い。そして剣は、迷ったらとりあえず剣、みたいに考える人が多い。
「ダンジョン内は監視カメラもスマホも使えないから、こういう時は不便だよなあ」
誰かが言って、全員で溜息をついた。
「顔は見ましたか」
職員が言うのに、彼らは暗い顔で首を振った。
「だって、なんか俯いてて、見えなかったんです」
僕と幹彦は、ばっちりと見た。
「見たよな、史緒」
「見た、見た。目が合ったよ」
言って、何となく辺りを見回す。
すると、チビが小さく「ワン!」と吠え、僕はチビの視線の先を見た。
「幹彦。あの二人」
それらしい二人組が居た。
「おお、あいつらだぜ」
「流石チビだな」
頭を撫でると、尻尾を盛大に振る。
「あの野郎──!」
いきり立って突撃しかける彼らを、僕と幹彦で止める。
「待てって。シラを切られたらおしまいだぜ。その液体だって、今も持っているかどうかわからないしな」
幹彦が言うのに、彼らは唇を噛み、拳を握りしめる。
「でも、このままでは」
職員も、悠々とカウンターに並んで買い取りの順番待ちをする二人組に厳しい目を向ける。
「あのカバンだって、収納バッグでしょう。だったら、中身を全部出せと言っても、出したかどうかなんて本人にしかわからない。なにより、採取しただけと言われたらそれまでです。証拠としては厳しい。
逃れられない証拠を突きつけないと、シラを切って、河岸でも変えられておしまいですよ」
僕たちはううむと唸った。
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