若隠居の旅の始まりと追跡者(2)

 食事は、料理は薄味でパンは固かったが、拘置所よりはましだった。それと、犬の獣人だからといってネギ類が食べられないというわけでもなかったようで、犬の獣人も平気で玉ねぎやネギを摂っていた。

 兎人族の子がウサギを食べるのも、別に共食い的なものではないらしい。進化の過程上ウサギやらイヌやらと祖先が同じというだけで、ヒトとサルのような関係だと、シンの拙い説明から察することができた。

「じゃあ、そろそろ行くぞ」

 幹彦が言うとミリたちは素直に立ち上がり、ゾロゾロと歩いて行く。

 お会計をする時にわかったのは、この大陸の貨幣単位はドラ。大体一ドラは一ギスと同じだが、物価はこちらの方がやや高い。

 ただこの港町に限っては、一ドラと一ギスを同じレートとして、両方の貨幣を使えるらしい。

 お高いホテルで食事をしたような値段を支払い、揃って馬車の停留所へ向かう。

 ビクビクと警戒していたミリたちも、お腹がいっぱいになったせいか警戒感が緩み、幹彦やチビに無邪気に掴まったりして笑顔を見せていた。

 それを微笑ましく見ていると、誰かの刺すような視線を感じた。

 しかし、見回してみてもそれらしい人はおらず、首を傾げる。

 と、よそ見をしていたアケが転んだ。

「ああ、大丈夫か」

 幹彦が起こしてやると、シンが服に付いた土を払いながらアケに言う。

「アケ、屋台に見とれてるからだよ」

「うん。大きなヒツジの丸焼きがあったから、何人前かなって思ったの」

 アケらしい答えだ。

 服の土はすぐにとれたし、手のひらは汚れているが、ケガはないようだ。

「ちょっと手を洗おうか」

 言って、僕は水を球にして出すと、

「ここに手を入れて洗って、アケ」

と言ったのだが、三人とも目を見開いて水球を見ていた。

「魔法!?」

 それに僕たちはたじろいだ。

 それにチビが、考えながら言う。

「そう言えば、獣人は精霊魔法を使うんだったな」

 それにミリが目を輝かせて答える。

「そう!でも、精霊がいなくなったから、今の獣人で魔法を使える人はいないよ」

 チビが補足する。

「精霊に魔素を対価にして頼む魔術だったな」

「そうか。精霊がいないから使えないのか」

 言い、そっと辺りを見る。

 幸いにも、こちらに注目している人はいなかった。

「あんまりポンポン魔術を使わない方が良さそうだな」

「そうだな」

 僕と幹彦は小声でかわし、ミリたちにも

「内緒にしていて欲しい」

と言って頼んでおいた。

 そうして、馬車に乗り込んだ。

 兎人族の村までは丸一日の距離だ。昼過ぎに出て、今夜はどこかで野営してから、明日の昼過ぎに着く予定らしい。

 今夜はテントを出してもいいんだろうかと考えながら、乗り込んでくる同乗者を何となく眺めていた。マントをすっぽりと被った冒険者的な人で、種族は不明。もう一人はクマの獣人の高齢女性だった。

 そのクマの獣人女性は、僕と幹彦を見て少し目を大きくしてからにっこりと笑ったので、こちらも軽く会釈しておいた。

 馬車につながれている草トカゲはトカゲを大きくしたような生き物で、コモドドラゴンに似ているだろうか。魔物ではあるがおとなしくて人に従順な草食動物らしい。御者が何か果物を差し出すと、キュルンと鳴いてそれをもしゃもしゃと食べていた。

 その御者兼護衛というのは冒険者らしい格好をしたトカゲの獣人だった。

「今夜はスン川の河原で野営、明日の朝七時に出発して、昼過ぎに兎人族の村に到着予定です。

 では出発します」

 そう言ってピシリと草トカゲの背中を叩くと、草トカゲは歩き始めて、馬車はゆっくりと進み始めた。

 街を出るとスピードが上がった。まあ、自動車ほどには出ていない。せいぜい鼻歌交じりでこぐ自転車程度か。馬車から見えるのは畑ばかりだ。

「あのね、兎人は中立派だから、人族にも普通だよ。でも、トカゲ人は竜人と一緒で嫌人派なんだって」

 袖を引いて、アケが小声で言った。

 それでシンが、言葉を継ぐ。

「そうだね。それを言っておいた方がいいかも。

 獣人は三つの派閥に分かれているんだ。人族に対する考え方で。

 仲良くして戦争も終わらせて、交流も増やそうっていうのが融和派。猫人、熊人が中心だよ」

 それを聞いて思った。

「あのアンリっていう憲兵隊長は猫人だったんじゃないのか?」

「例外もいるんだよ」

 なるほど。

「嫌人派なのは、竜人、トカゲ人、犬人が中心だよ。気をつけて。

 中立派は、兎人、虎人だよ。

 あと、エルフとドワーフは遠くにいて会ったこともないけど、孤高でほかの誰に対しても同じって言ってたから中立なのかな。よくわかんない」

 それに僕と幹彦は、頷いた。

「ありがとう。うん、気をつけるよ」

「そうだな。何てことの無いことがトラブルの元になったらまずいしな」

 言いながら、

(エルフにドワーフ! いたんだな!)

と密かにドキドキしていたのは内緒だ。

 それと、「兎人」「虎人」という呼び方でいいらしいのも覚えておこう。



── 🐾 ── 🐾 ── 🐾 ── 🐾 ── 🐾 ── 🐾 ── 🐾 

あけましておめでとうございます。

 旧年中は応援いただき、またお世話になり、ありがとうございました。おかげさまで来春3月に3巻とポストカードセットが発売予定で、現在予約受付中です。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


 

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