第82話 女は強し
家へ戻ると、不機嫌な幹彦に代わってチビが説明を始めた。
「道場に行くと、門下生に混じって、明らかにそうじゃない女がいてな。見学だと言っていた。どうも幹彦の母の友人の娘らしくて、見学に来ないかと誘われたとか」
そこで幹彦が、頭をガリガリと掻いた。
「いかにもおふくろの好きそうな、かわいらしくて女の子女の子した子だったぜ。見学にしてはフリフリでおしゃれな場違いな服で、化粧ばっちりで。学校にもいただろ、いかにもかわいくてか弱くて優しくて自分だけに一途に見えるように実は計算してる女。ああいうタイプ」
「ああ……」
聞きながら想像した。いたな、そういうの。ちなみに職場にもいたよ。
「上目遣いで作り声を出しながら、幹彦にべったりくっついておったぞ」
「訊く事は、年収だったな」
「はっきりしてるね」
「料理が得意だって言うから、史緒も得意だから今度一緒に解体からしてみたらどうかと言ったら青くなってたぜ」
「それは青くなるんじゃないかなあ」
少しだけ同情する。
「それで遅かったんだなあ」
「おふくろも、いい加減にして欲しいぜ」
幹彦は言って、チビを膝に抱き上げて乱暴に撫でまわした。
「まあ、おばさんはおばさんで、心配してるんだろうけどね。サラリーマンより不安定で危険な仕事だし」
「だったら口で言えって。だまし討ちみたいなことせずに」
結婚しろと言ったところで、幹彦が「はい」と言うわけもないからな。
これが自分だったら確かに迷惑だと言うに違いないと思いながらも、息子を心配する親がいるというのは羨ましい気がした。
「でも、幹彦。同性婚は言い過ぎだろ。おばさん、卒倒したらどうするんだよ」
「そんなか弱い神経かあ?」
「……どうかな……。
でも、幹彦のかわいい嫁を夢想するんだから、ショックだろ」
「おふくろのために結婚してどうするんだよ」
正論だな。
「確かにそれはな」
「な?」
僕達はちょっと笑い、
「そのうちに、仲直りしろよ。おばさんだって今頃は反省して落ち込んでるかも知れないからな」
「まあ、向こうからそれとなく言って来るだろうから、その時にな」
と言っていたのだが、翌日、幹彦は激怒し、雅彦さんとおじさんが頭をさらに痛める事になるのだった。
というのも、翌日僕達の家におばさんが来て、それを追いかけておじさんと雅彦さんが来たのだ。
「結婚式場のパンフレット?」
おばさんが持って来たものを、僕と幹彦は目を疑いながら凝視した。
「ええ。男同士の場合、2人共タキシードですって」
涼しい顔で言うおばさんに、僕と幹彦は顔を見合わせた。
「それとも史緒君はドレスがいいかしら?」
「え。僕がそっち?」
「幹彦に似合うわけないんだもの」
「僕も、どうかなあ」
冷や汗が流れる。
幹彦は怒りでプルプルと震え、雅彦さんとおじさんは頭を抱えて、
「もうやめろ、な?」
「いい加減に諦めろ。幹彦の好きにさせなさい」
とおばさんの説得を試みている。
「あら。本気よ。史緒君なら悪くないわ。いい子だっていうのは知ってるし、生意気で可愛げのない嫁が来るよりよっぽどいいわ」
おばさんは、挑戦的な目付きをしていた。ああ、これは昨日の幹彦に対する報復か。
「ええっと、喜んでいいんですかね?」
ヤケクソで言うと、おばさんはにっこりと笑った。
「もう、出て行けー!!」
幹彦の怒鳴り声が響き渡り、僕は、おばさんの心配をして損をしたとガックリと来たのだった。
チーム貴婦人といい、おばさんといい、女は強い。
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