第55話 臨場

 やたらと人がいて浮かれた様子なので何かと訊いたら、

「聖クルスデイだぜ。まさか知らないわけないだろう?」

と訊き返されたので、うっかりしていたと誤魔化した。

 女神様の誕生日だとかで、花を飾りつけ、恋人同士でプレゼントを贈り合う日らしい。それで、護衛達の独身で恋人もいない人達──ほぼ全員──と僕と幹彦は、夕食を食べてからも人であふれる広場で屋台を見て回ったり、芝居や大道芸を見たり、また飲んだりして過ごした。

 子供は先に家へ帰され、大人だけが夜通し騒いでいると、悲鳴が上がった。

「何だ?この向こうから悲鳴が聞こえたけど」

「祭りで酔ったやつがハメを外し過ぎたんじゃないだろうな」

 言いながら、無視もできないと、声の聞こえた方へと見に行った。

「あれは、領主のボートハウスか」

 池から引き込んだらしい水路をまたぐように小さい小屋がたっていた。日本の伊根にある舟屋という建物に似ており、正面からは1階部分に白いボートが係留されているのが見える。

 その横に座り込んでいる女性がおり、よく見ると、夕方セルガ商店で会った女性だった。

「どうしましたか」

 リーダーが声をかけると、彼女は泣きながら小屋の中の方を指さす。

 小屋を覗き込むと、真ん中に水路があり、そこにボートが浮いていた。その周囲には手入れに使うと思われる色々な道具類が棚に並べてしまわれていたが、その棚の前に、仰向けに倒れている人がいた。

 近寄ると若い女性で、お洒落なワンピースを着ていた。

 しかし特筆すべきなのはそれではない。彼女の首にはスカーフが巻き付き、どう見ても彼女が生きているようには見えなかった事である。

 それでも念のために、首に触れて脈が無いのを確認し、呼吸が無い事も確認する。

「史緒?」

 幹彦が訊くのに、頷いて答える。

「死んでる」

 それを聞いて、リーダーが部下に兵を呼んで来るように命令し、泣く女性に女性の護衛がつく。

 僕は落ち着いて周囲の様子や遺体の様子を観察した。

 被害者の首を絞めているのは、エスタが見せてくれたスカーフと思われるものだ。遺体の着衣に乱れはなく、頭部などの見える範囲に外傷はないし、被害者は真っすぐの姿勢で仰向けになっていた。

 顔面は腫れてうっ血し、瞼をめくり上げて見ると溢血点が多く見られた。

 スカーフは遺体正面から首に回して緩く絞められており、髪は巻き込まれていない。

 そして首周りをよく見ると、水平にかけられたスカーフの下に斜め上に向かってロープの痕が残っており、その下には、手指と思われる扼殺痕が見られた。

 指から手首、首にかけて硬直が進んでおり、直腸温度は計れないが、数時間内に死亡した事は間違いないと思われる。

 そこまでざっと見た時、バタバタと走って来る足音がして、若い貴族風の男と領主かこの男の家の使用人風の男達、制服を着た兵士が現れた。

「ああ、シーガー様!お嬢様が殺されました!」

 泣いていた女性が言うと、来たばかりの男は、驚いたように中を覗き込むと、目を見開いて棒立ちになった。

「何故!?ばかな──!」

「このスカーフは、冒険者のエスタさんのものです!エスタさんがお嬢様を殺したに違いありません!」

 女性が声を振り絞るようにして言い、シーガーと呼ばれていた男は、ハッとしたようになると、

「その冒険者を捕まえろ!領主の令嬢を殺害した罪で、即刻死刑にしてやる!

 それと領主のジンジャー男爵にもすぐに伝えろ!」

と命令を下した。

 それで皆、テキパキと動き始めた。

「エリス!?」

 新たに声がかかる。集まり始めた野次馬の中から、名前に反応して近付いて来ていたエスタとイアンとグレイだった。

「あ、エスタさん!?」

 女性が驚いたように声を上げると、周囲の兵士がエスタに注目する。

「お前か!」

「違う!いや、違わないけど、俺は殺してない!」

「そうだぞ!?俺達は夕方からずっと一緒に警備の仕事を請け負って回ってたんだからな!」

 揉め始める。

 この世界に、指紋やらDNA照合やら足跡検査やら防犯カメラやらはない。このままではエスタが犯人で押し切られてしまう。

「待って下さい!」

 たまらず僕は立ち上がって大声をあげて注意を引いた。

「私は、このような調査のプロです。真実を明らかにするためにも、調査を任せていただけないでしょうか」

 女性とシーガーが、顔を強張らせた。

 しかし、新たに現れた人物によって、彼らが口を開く事はなかった。

「真実を明らかにできるのだな?」

 全員の目が彼に向く。

 誰だと訊く前に、リーダーが言った。

「領主様」

 つまり、被害者の父親というわけか。

「ぜひ、頼む。真実を明らかにして、娘をこんな姿にしたやつを……クッ!」

「わかりました」

 僕は静かに応えた。

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