第49話 勉強会と特別ゲスト

 会話は全く弾まなかった。

 体験は終わったところだと柴君たちが言い、参考のためにもこれまでの色々な話を聞かせてくれと頼まれ、同期のチーム『貴婦人』からも是非にと頼まれ、協会の中にある喫茶店でテーブルを囲む事になったのだ。

 気は進まないが、貴婦人との情報交換も有意義かと承諾したのだが、右隣に幹彦、左隣には柴君を押しのけて西野さんが座った。

 最初は、爪で負った傷はどうだとか、ポーションの効きはどうだとか、そういう医療に関係する事を話していた。

 しかしその話も出尽くして隣同士で雑談を始めた頃、西野さんが小さく鼻を啜り上げて小声で話しだしたのだ。

「麻生先生。会えてとてもよかったです」

「はあ?はあ」

 助けてくれと視線を元同僚達に向けるが、全員、困惑した顔をしているか、気まずい顔をしているか、面白そうな顔をしているかだった。あてにできそうにない。

 幹彦はというと、西野さんを視界に入れるのも嫌なのか、チビの背中を撫でている。普通の人が普通の態度でいるだけなら女性でも営業マン的な感じで挨拶も話もできるのだが、すっかりこういう女性は苦手になってしまったらしい。

「私、やっぱり先生の所に戻りたいの」

「いやあ、それは無理です。お断りします」

 言いながら、コーヒーを飲む。

「私が悪かったと反省しています。でも、私だって騙されたんです。顔だけはいいモデルと結婚するつもりだって。私は遊びだったって里中先生。酷いでしょう」

 言いながら、涙ぐむ。

 どっちもどっちだろうと、言っていいのかどうか。大人だから、言わないでおこう。

 だが、貴婦人その1が言った。

「あら。薬を盛っておいて、何も無かったのに関係があったと嘘をついて、妊娠したとだますのは酷くないの?それでもっといいカモ──失礼──に乗り換えるからって、一方的に婚約破棄するのは、酷くないの?」

 思わずコーヒーを噴き出した。

「何でそんな事を知ってるんですか?」

 慌てる僕に、貴婦人たちはオホホと笑った。名前まで覚えていないのだ。

「ああら、フミ様。そんな手口はフミ様で3人目ってさる筋から聞きましたよ。前の2人は、片方は別の病院に行って逃げ切り、片方は開き直って結婚しなかっただけ。フミ様は3人目だったんだけど、なかなかなびかないからってパーティーの時に一服盛って騙したんだって。看護師は皆知ってるって」

 貴婦人その2が言い、看護師が目を合わさないようにコーヒーを啜っている。さる筋というのは彼女か。

「あ。僕も知ってました」

 柴君も言い難そうに言い、僕はがっくりと下を向いた。

「恥ずかしすぎる……!」

「いいえ。先生はその、世間知らず──いえ、お人好し?慣れてない?ああ、誠実、真面目だったんですよ」

 貴婦人その3が慰めるような笑顔を浮べて言うが、言葉選びに苦慮してたな!

「何よ!しょ、証拠でもあるの!?見てたの!?」

 いきり立つ西野さんに、チビが低く唸り、幹彦が鋭い目を向ける。

「史緒はあなたと結婚せずに済んでよかったようだな。里中先生?その人に感謝するぜ。あんたに史緒はやれねえ」

「なんであなたなんかの許可がいるのよ!」

「いや、僕が西野さんとよりを戻すとか嫌だけど」

「どうしてよ!」

 西野さんが癇癪を起しかけた時、背後に新たな人物が立った。

「失礼。多摩川署の木村です。

 声をかけようかと迷っていたんですが、随分と興味深い話で盛り上がっていらっしゃったのでね」

 盛り上がってない!と信じたい!

 心で叫ぶ僕とは違い、西野さんの顔色は青くて硬い。

「何よ。何で警察が」

「里中さんから訴えがありましてね。嫌がらせを受けている。過去に薬物を混入したものを不法に飲ませた事があるような人だし、何をされるかわからない、と。

 この続きは場所を変えて細かく伺いたいので、署までご同行願います」

 ドラマのような成り行きに、全員がポカンとしていた。




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