第47話 隠居と隠居

 こっそりと近付いて話を聞き、彼らが何者かおぼろげに理解した。

「どこにでもいるんだな、ゴキブリどもめ」

 ゴウッと風を吹き上げるだけで、盗賊たちの魔術士が放った攻撃は霧散した。

「あれ?思ったより弱いよ?」

「それはラッキーじゃねえの」

 幹彦は言いながら刀に手をかけて走り込んで行く。

「食前の運動といくか」

 チビも大きくなって走って行く。

「うおっ!?」

 どちらもが驚き、目を見開くが、僕達が盗賊側に向かって行くのを見て、どちら側かわかったようだ。

「助かった!」

 言いながら、盗賊に向かって行く。

 位置を覚えておいたので魔術士を先に潰して行き、残りを片付けて行く。

 幹彦は盗賊たちに囲まれたが、舞うように動いたかと思うと、盗賊たちの方が斬られて倒れて行く。チビは吠えかかるだけで盗賊たちが逃げ腰になるので心配ない。僕も薙刀の実地訓練だと思って頑張った。

 そう時間も経たないうちに、盗賊たちは全員が地に伏せていた。

「助かった。あの、あなた達は?」

 ホッとした顔でリーダーが話しかけて来る。

「気にするな」

 幹彦が言い、僕も付け加える。

「通りすがりの隠居です」

「えっと、あれはもしかして」

 全員がチビを見る。

「ペットの犬で、チビです」

「犬じゃねえだろ」

「チビでもないでしょ」

 突っ込みが来た。

「犬です」

「ワン」

「拾った時はチビだったんだ」

「ワン」

 その時馬車の方から、老人が歩いて来た。

 護衛達は、「忘れてた」という顔を一瞬浮かべたが、にこやかに彼を迎える。

「今声をかけに行こうと思っていました」

 老人は近付きながら

「助けていただいて、ありがとうございます。冒険者の方ですか」

と言いながら、チビを二度見した。

「私はエルゼに本店を置いている商人で、モルス・セルガと言います」

 それに、幹彦が応えた。元営業マンなためか、つい名刺を出そうとして手を胸元にやっている。

「ミキヒコ・アマネガワです」

「フミオ・アソウです。こっちは犬のチビです」

「ワン」

 倒れている盗賊の一人が、

「そんな犬がいてたまるかよ。チビなんてサギかよ」

と言った。


 盗賊たちを残らず確保して縛り上げたところで料理を思い出し、礼をと言うモルスに、気にしないでいいと言ってテントのそばに戻る。

「良かった。塩窯もいい具合だぞ」

 チビも小さくなって、座り込む。

「幹彦、ガツンと割ってくれ」

「よし」

 塩窯を台の上に乗せて、刀のつかでガンと叩く。するとパカリと塩のドームが割れて、香草の香りと鶏肉が現れる。

「うおお、美味そう!」

「待てよ、切り分けるから」

 足を外し、胸をいくつかに切り分け、骨は別に除ける。付いた肉をこそげてスープに入れると美味しいのだ。

 パスタもゆですぎにはなっておらず、湯切りをして黄味の入ったボウルに入れ、炒めておいたベーコンも入れて塩と黒コショウをして混ぜる。それを皿に分けて黒コショウを少し上にかける。

 骨から外した肉をスープ鍋に入れて混ぜ、カップに注ぐ。

「できたぞ」

「腹が減ったぞ」

「美味そう。さあ、食おうぜ」

 幹彦が言って手を合わせた時、どこからかグウと音が聞こえた。

 僕も幹彦もチビも音のした方を見た。

「盗賊の、褒賞の話とか……」

 言いながら目は料理に釘付けのモルス達がいた。

 

 盗賊たちをそばに転がして、一緒に食事になった。

 モルス達も基本的には野営では日持ちするクラッカーと干し肉とドライフルーツなどを食べているらしいが、水も火も僕がいくらでも出せると言うと、昼間に狩ったウサギを焼いて、モルスが土産に買って来たワインも開ける事になった。

「隠居ですか」

「そうなんじゃ。店を息子に譲ろうと思ってな。それで隣国にいる兄弟の顔を見に行きがてら行商をしてきたところだったんだよ」

「へえ。僕も隠居しようと思ってましてね。そのために今は、準備中です。隠居見習いですね」

「隠居見習いか。それはいい。わははは!」

 隠居に悪い人はいない気がした。

「すげえな、さっきの。元騎士か何かか?」

「いや、ただのサラ──冒険者だぜ。ちょっと剣が好きで子供の頃からやってただけだ」

 幹彦はリーダーと剣の話などで盛り上がっている。

「もう犬でもフェンリルでもいいわ」

「かわいい」

「キュウウ。ワン!」

 チビも満更でもないようだ。

「腹減ったよう」

 盗賊たちだけが、泣き言を言いながら腹の虫を鳴らしていた。




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