第2話 知らぬ間のリフォーム

「ストーカーか。酷い目に遭ったなあ」

 そう言うと、幹彦は苦笑し、

「全くだな。お互いに」

と肩を竦めた。

 家へ向かいながら、お互いの退職理由を話していた。

 幹彦はやはり会社でもモテていたらしい。新しい部署に移ったら指導係である先輩の女子社員がストーカーとなり、盗聴、盗撮、付きまといの挙句髪の毛などを送りつけ、会社で婚約者だと触れ回ったそうだ。それを否定してストーキングをやめてくれと言ったら、

「結婚してくれないと死ぬ」

と目の前で死のうとしたらしい。

 幹彦が彼女を先輩としてしか扱っていなかった事は誰もが証言したし、彼女の家族は謝罪して彼女を入院させ、それで納まったかに思えたがそうではなかった。

 女性である上司やほかの女性社員が

「大変だったわね」

と言いながら急接近をはかって来、ほとほと嫌になって、会社を辞めたという。

「本当に大変な目に遭ったんだな」

「ああ。実家も知られてて、今も先輩が近くにいたんだよ。だから家に帰れなくてな。

 はあ。しばらくは女のいない所にいたい」

 幹彦はそう言って、深く溜め息をついた。

「じゃあ、うちに来ればいいよ。一緒に隠居生活しよう」

 ここぞとばかりに誘う。

「そうだな。退職金も慰謝料もあるし、しばらくはそれもいいかな」

 それで僕達はにっこりと笑い合った。


 家は都内にはあるものの、周囲は広い庭のある屋敷や神社の雑木林に囲まれ、静かだ。和洋折衷の2階建てで、乗用車が2台停められるくらいのガレージと、車3台くらいの庭がある。そこには梅の木と柚子の木が植えられており、毎年母が梅酒や柚子ジャムを作っていたものだ。

 会社員だった父は僕とは違い、やたらと運が良かった。それで宝くじを当て、投機に成功し、マンションとビルを建てた。しかしその後「結婚50周年旅行」に母と出かけ、飛行機が墜落して亡くなった。

 なのでここに住むのは僕1人だ。

 使っていない部屋を幹彦に明け渡し、持ち帰った私物共々片付けていたら昼すぎになっていたので、昼ご飯を作ろうとキッチンの隅にある食料庫の扉に手をかけた。

 扉を開けると棚以外は窓もない2畳ほどの小部屋があり、買い置きのインスタント食品やレトルト食品、缶詰、調味料、灯油、自家製の果実酒などが置いてある。梅酒などは50年物だ。

「今日から悠々自適に楽しもうと思って。家庭菜園をして、ペットも飼おうかと思ってるんだ。

 そうだ。退職記念日だし、昼だけど秘蔵の梅酒も飲もう」

「いいな、そういうのも」

 が、扉を開け、目を疑う。

「無い!?」

 泥棒が、というレベルではない。床、壁、棚ごと消えていたのだ。

 木目だったはずの床は土のような地面に変わり、左右と正面の棚は壁ごと消えて岩肌の通路になっていた。

「何?もしかして、戦時中は防空壕だった所とか?陥没したのか?」

「それにしても、床や壁の残骸も無いぜ」

 僕と幹彦はとにかくもう少し奥を覗いてみようと、玄関から靴を持って来、酸素の有無を検知するのに役に立つかとライターと懐中電灯を持って、食料庫──でいいのか──に足を踏み入れた。



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